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メイド長

「お嬢様、私がお茶を入れている間にお着換えされたらどうです」


 来客室らしき場所に二人を案内すると、タチアナはレアルにそう言った。


「えー、ドレス堅苦しいから嫌なんだけどな」


 レアルは不満げな声を上げた。


「久々に旦那様に会うのでしょう。旦那様は修道服でも構わないとおっしゃるかもしれませんが、親しき中にも礼儀あり、です」

「わかった」


 レアルは渋々、といった感じで来客室から出ていく。


「お客様、見苦しい所をお見せしてしまいましたね。昔からお嬢様は堅苦しいのが苦手なようでして。亡くなったお母さまはとても気品に溢れた方でしたのに、誰に似てしまったのでしょうね」


 それを見届けると、タチアナはデルタの方に振り返った。


「いや、俺はレアルがハンゲル国宰相の孫娘だって知らなかったから……ああ、でも確かに礼儀作法や立ち振る舞いに、どこか高貴な人間を思わせる節はあった、か」


 魔術学院でのレアルの立ち振る舞いを思い出して、デルタはそう呟いた。てっきり巡礼の神術使いとしての振る舞いかと思っていたが、実際は貴族のそれだったらしい。


「ああ、自己紹介がまだでしたね。私はこのお屋敷でメイド長を務めさせて頂いている、タチアナと申します。どうぞ、お見知りおきを」


 タチアナはデルタに一礼する。


「デルタだ。色々と訳あって、巡礼の神術使い……レアルの従者を務めている」

「あら、お嬢様は従者を見つけることができたのですね」


 デルタがそう言うと、タチアナは少しばかり驚いた顔になった。


「従者希望の方はたくさんいらしたのに、お嬢様が無茶な条件を出すものですから、結局一人で旅に出る羽目になってしまいました。確かに、巡礼の神術使いに選ばれるほどの実力があるのですから、一人でも大丈夫なのかもしれませんが」


 タチアナはそこで言葉を止めた。


「ですが、やはり心配なことに変わりありません。お嬢様のお眼鏡にかなう方が見つかって、本当に良かったです」

「俺の方も、仕官先が見つからなくて困っていたんだ。そこを拾ってもらったから、ありがたいと思っている」

「あら、お嬢様が認めるようなお方が、仕官できないなんて。何か理由がおありですか」

「俺は魔術師なんだが、属性を持っていないんだ」

「……そうでしたか」


 タチアナは魔術に対して知識があったようで、おおよそのことを悟ったようだった。


「お待たせ」


 そこに、着替えを終えたレアルが戻ってきた。

 決して派手ではない白を基調としたドレス。装飾も控えめではあったが、逆にそれがレアルを引き立てているともいえた。

 初めて見るレアルの修道服以外の姿に、デルタは思わず見とれていた。


「よくお似合いですよ、お嬢様」

「うーん、でもやっぱりちょっと動きにくいかな」

 

 レアルはドレスの裾をつまむと、不満げに言った。


「どうしたの、ぼーっとしちゃって」


 デルタが自分の方を見たままなのに気付いて、レアルは声をかける。


「あ、いや……似合っているな、と思って」


 デルタはどう答えたか迷ったものの、素直な感想を口にした。


「……デルタがそんなことを言うなんて」

「変か」

「ううん。嬉しいよ」


 レアルは小さく首を振った。


「お二方、そろそろ席についてください。せっかく入れたお茶が冷めてしまいます」


 いつの間にかテーブルには人数分のカップと茶菓子が並んでいた。


「いつの間に」

「私はメイド長ですから。先々を考えて皆に指示を出すのも仕事です」


 驚くデルタに、タチアナは穏やかな笑みを浮かべて言う。


「それで、お嬢様。どうして帰ってこられたのです。まさか、巡礼の旅が終わったというわけでもないでしょう」

「それなんだけど、旅先で思いがけない事件に遭遇してね。ボクの手には余ると思ったから、お爺様に相談しようと思って帰ってきたんだ」

「お嬢様が、手に余ると思うほどの事件ですか。一体、何が起こったというんです」

「タチアナさん。この世界は、間違っていると思う?」

「どうしたんです、急に」


 質問を質問で返された上に、何とも答えられない質問に、タチアナは困惑していた。


「それが、普通の反応だよね。この世界が間違っているかなんて、普通は考えないよ。でも、本気でそう考えて、世界を間違っていない方向にしようとしている人達がいた」

「……仮に、世界が間違っているとして、正しい方向に導くとしましょう。ですが、そのこと自体が間違っていないと、誰が言い切れるのですか」

「その人達は、この世界には神術も魔術もなかった。だから、神術も魔術もない世界にする、それが目的だと言っていた」

「そんなことが、本気でできると思っているのですか、その方々は」


 突拍子もないとも、滑稽とも捉えられる話を聞いて、タチアナはそう返した。


「できる、と思っているんだと思う。そうじゃなかったら、あんなことはしないから」

「しかし、神術も魔術もない世界、ですか。どのような世界になるのか、想像すらできませんね。今まで日常にあったものがなくなるわけですから」

「ボクは、それが正しいことなのか、それとも間違っているのかわかない。でも彼らのやり方は間違っていると思う。だから、どうにかしたいと思っている」


 レアルは決して大きな声ではないものの、力強く口にした。


「そうですか。それで、旦那様に相談するために戻ってきた、と。デルタ様はそれに納得しておられるのですか」


 それを受けて、タチアナはデルタに向き直った。


「俺はレアルの従者だからな。主人の決定には従うだけだ。それに、俺自身もあれを放置するというのは選択肢にない」

「そうですか。では、お嬢様のことをよろしくお願いします」


 デルタの返答を受けて、タチアナは一礼する。


「俺の方がよろしくされている感もあるが、できる限りのことはすると約束する」

「お嬢様が認めた方ですから、信頼していますよ。それでは、改めてお茶にいたしましょうか」


 タチアナに促されて、二人はカップに口を付けた。

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