お嬢様
「レアルの故郷は、ハンゲルだったのか」
「うん、そうだよ。一応、この世界で一番規模が大きい国、ってことにはなってるけど。色々な所を旅してきたから、そうは感じなくなってきたかな」
レアルの言うようにハンゲルは世界で一番人口が多く、国家としての規模も大きいとされている。レアルはそう感じないと言っているが、少なくともデルタの故郷であるグリデン国よりは圧倒的、とまではいわないにしろ、規模が大きい国といえた。
「確か、剣術に優れた騎士団が存在していたはずだが」
デルタはうろ覚えの記憶を引っ張り出した。グリデンが魔術師を中心とした国なら、ハンゲルは騎士団を中心とした国だった。
「うん、特に上の方の人達なんかは、真っ向から戦ったら、勝てるような相手はいないんじゃないかな」
「それだけの騎士がいるのに、レアルの従者が務まる人間がいなかったのか」
そこで、デルタは疑問を抱いていた。レアルは従者に相応の実力を求めていたが、それだけの実力がある人間が全くいないとは考えられない。
「うーん、そういう人達って、何かしらの役職についているからね。だから、おいそれと国を離れるわけにはいかないんだよ」
「それも、そうか」
デルタは自分の考えが浅はかだったことに気付かされ、内心でそれを恥じていた。
「ま、おかげでデルタに出会えたわけだし、結果的には良かったと思うよ」
そんなデルタの内心に気付いているのかいないのか、レアルはあっけらかんと言う。
「で、具体的にはどうするつもりだ」
「まず、ボクの実家に行ってからかな。詳しいことは、そこで話すよ」
「どうしてレアルの実家に行く必要がある」
「それも、おいおいと話していくよ」
レアルに案内されて、街中からどんどんと高級そうな家が立ち並ぶ住宅街にと入っていく。
その景色の変わりように、デルタは目を見開いていた。
下手したら姫様の城よりも大きい家がありそうだな。
「着いたよ」
その中でも一際大きい家の前で、レアルが立ち止まった。
「……って、おい。ここがレアルの実家なのか」
下手をしたら一国の国王が住んでいる城よりも豪華なんじゃないか、とも思えるような家だったこともあり、デルタは驚いた。
「そうだよ。どうしたの? そんなに驚いて」
デルタの驚きようを見て、レアルはきょとんとしている。
「い、いや。下手したら、小さな国の城よりも大きいぞ」
「まあ、大きいことは否定しないけど。そんなに驚くようなことかな」
「レアルは物心ついた頃から、ここに住んでいるから慣れているだろうが、そうでない人間からしたら、驚くしかないだろう」
「そういうものかな。ま、いいや。早く行こう」
レアルは色々とまくし立てるデルタの手を引っ張ると、立派な門の前まで連れていく。
そして、慣れた手つきで呼び鈴をならした。
「はい、どちら様でしょ……お、お嬢様⁉ 巡礼の旅はどうされたのですか」
そして間を置かずに現れた中年の男性は、レアルを見て驚きの声を上げる。
「お嬢様……」
その言葉を聞いて、デルタはこめかみに手を当てた。一度に色々なことが起こり過ぎて、理解するのには時間がかかりそうだった。
「ちょっと用があってね。それで帰って来たんだ。おじさんも元気そうで何よりだよ」
「勿体ないお言葉ですが、どのような用件で」
「うん、お爺様に話さないといけないことがあるんだ」
「旦那様に、ですか。ですが、旦那様は」
そこで、男性は困ったような顔を作った。
「わかってるよ。だから、お爺様が来るまで中で待とうと思ってる」
「わかりました。で、隣の方は」
「ボクの従者だよ」
「そうですか、それは丁重にもてなさないといけませんね。お客様、どうぞごゆっくり」
男性はデルタに頭を下げる。
「あ、ああ……」
デルタはそう返すのがやっとだった。
「じゃ、おじさん。お仕事頑張ってね」
「はい」
男性がレアルにも頭を下げる。
「行こっか」
半分魂が抜けたようなデルタを、レアルは引きずるようにして家の中に入った。
「こんな時間にお客様なん……お嬢様⁉」
玄関付近にいたメイドがレアルに気付いて、驚きの声を上げる。
「ただいま」
「あ、お、お帰りなさいませ」
メイドが頭を下げる。
「タチアナさんはいる?」
「メイド長でしたら、いつも通りのスケジュールかと思われます」
「ありがと」
レアルはメイドに軽く会釈すると、またデルタを引きずるように歩き出す。
「メイドなんて初めて見たぞ」
「そうなんだ。まあ、普通の人からすれば縁がない存在かもね」
「どういうことか、説明してくれないか」
何が何だかわからなくなって、デルタはたまらずそう口にしていた。
「あー、そっか。ボクの身の上のこと、何も話してなかったっけ」
レアルはそこで気付いたかのように手を叩いた。
「ボクのお爺様は、ここハンゲルの宰相を務めてるんだ」
「宰相っていうと……国王を補佐して、政治を取り仕切る役職、だよな」
もちろん、デルタとて宰相がどのような役職なのかは知っていた。だが、レアルがその身内となれば話が違ってくる。
「そうだよ」
当のレアルはさも当然、というように答える。
「いやいやいや、どうしてそんなお偉いさんの孫娘が、巡礼の神術使いやってるんだよ。っていうか、よくお爺様が許可したな」
「神術を学んだのは、花嫁修業の一環、ってやつなんだけど。まあ、これは当家代々からの習わし、ってやつみたいなんだけどね」
「まあ、それはわからなくはないが」
レアルの言葉に、デルタは頷いた。貴族と呼ばれる人種が、箔を付けるために神術を学ぶことは決して珍しいことではない。
「まさか、ボクが巡礼の神術使いになっちゃうなんてね。これはお爺様も他のみんなも、予想外だったと思うよ」
「それはそうだろうな……」
「でも、お爺様はせっかく選ばれたのだから、しっかりやってこい、って後押ししてくれたんだ。お爺様がそう言うから、他のみんなも口が出せなくなったみたい」
「そういうわけか」
デルタはこの断片だけでも、お爺様と呼ばれる宰相がかなり型破りだと予想できた。同時に、レアルがここに戻ってきたのも納得がいった。
「あら、お嬢様」
先程のメイドよりも少し年上であろう女性が、こちらに声をかけてきた。
「タチアナさん、お元気そうで何より」
「私のことはともかく、どうしてお嬢様がここに……立ち話もなんですから、来客の間で詳しくお話を伺います」