新しい目標
「旅に出よう」
魔術学院を揺るがした一件から数日後、不意にレアルがそんなことを口にした。
「どうしたんだ、急に」
「あれから色々と考えてたんだけどね、ボク自身の巡礼の旅は特に目標はなかったんだ。でも、機械の街での一件、そして、今回の一件。傍目には平和に見えているこの世界で、何かよくないことを企んでいる人達がいる」
「俺もそれなりに旅を続けていたが、あんな連中に会ったのは初めてだ。ずっと前から水面下で準備を進めていたのかもしれないな」
レアルの言葉にデルタはそう返した。この短期間で続け様にこんな事件に遭遇したことを考えると、これは計画的に動いているといってもいいだろう。
「うん、だからね。ボクは彼らを止めようと思う。そうしないと、もっとよくないことが起こると思うから。それがボクの巡礼の旅の目標」
「だが、あんな連中を二人だけでどうにかできるとは思えないが」
デルタは釘を刺すように言った。
レアルの言うように、彼らを止めなければもっと良くないことが起こるだろう。だが、二人だけで組織だった相手をどうにかするのは無謀に思えた。
「そうだね。だから、ボクは一回故郷に戻ろうと思うんだ。そこで色んな人達の力を借りようと思っている」
レアルは胸元に手を当てると、ゆっくりとそう口にする。
「わかった。俺はレアルの従者だからな。レアルの決定には従おう。だが、俺は臨時とはいえここの教員だ。それを途中で放り出して行くのは不義理だな」
レアルが先々のことまで考えていたことがわかって、デルタは頷いた。だが、今すぐ何もかもを放り出して旅に出るわけにはいかない。
「もちろん。それはボクのわがままでそうなったんだからね。そこについてはきちんと筋を通さないといけないよね。だから、ウィベル先生にきちんと相談してから、だね」
レアルは笑みを浮かべると、デルタの言ったことを肯定する。
「なら、早速ウィベル先生に話を付けに行くか」
「うん」
「……ということで、俺はいつまで教員を続ければいいでしょうか」
「なるほど。そういうことなら、すぐにでも代わりの教員を探して、と言いたいところだが」
デルタが事情を説明するとウィベルは難しい顔をした。
「やはり、そう簡単に代わりは見つかりませんか」
「外部の者に学院が襲撃された事自体、前例のないことだからな。しかも、それを解決したのが臨時教員と、王族とはいえ生徒だ。面子に関わるからか、お前は正式な教員にしようという動きすらあった」
「面倒な……」
思っていたよりも厄介なことになっていたこともあって、デルタは思わず舌打ちしていた。
「まあ、それについては巡礼の神術使いの従者を拘束するわけにはいかない、ということで無しにはなったがな。ただ、先も言ったように前例のない事件だ。後処理も色々とごたごたしている」
「ということは、かなり後処理に時間がかかりそうだ、と」
「ああ。できるだけ善処はするが、しばらく時間がかかるのは覚悟しておいてくれ」
ウィベルは申し訳なさそうに言う。
「仕方ありませんわ。元々、わたくしの我儘でこうなったことですし、ウィベル先生を責めることなどできません。ですから、わたくしにできることがありましたら、遠慮なくおっしゃてください」
レアルはゆっくりと首を振った。
「そうですね。レアルの言うように、俺達も何かしらできることを手伝えば、後処理もいくらかは早く終わるでしょう」
デルタもレアルに同意するように続けた。
「そうか。なら、奴らの取り調べに同行してもらおうか」
「取り調べ? ですか。ですが、奴らがそう簡単に口を割るとも……いや、そもそも後処理には関係がないような」
ウィベルから思いがけない言葉を告げられ、デルタは怪訝な顔を作った。
そもそも、あの二人に話を聞くことと、後処理に関係があるとは考えにくかった。
「お前の言いたいこともわかる。あの二人に話を聞くことは、直接的には後処理と関係はない。だが、今後このようなことを起こさないようにするためにも、それをやっておく必要がある」
「と、言いますと」
「奴らの目的がわかれば、それに応じて対処もできるようになる。それに、二人だけで事を起こしたのか、それとも組織だった行動だったのか。それ次第で今後の対応も考えなくてはいけない」
それを聞いて、デルタとレアルは顔を見合わせた。
二人はタスクから組織だった行動だと聞いていたが、それを知っているのは二人だけのようだった。
「ああ、それなら奴らの片割れが組織だった行動だ、と簡単に口を滑らせてくれましたよ」
「なっ……だが、禁書庫のことを知っていたり、学院の一期生を狙ったりと、組織だった行動でなければ説明がつかない部分もあるか」
ウィベルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
「奴らの目的ですが、正直意味がわかりません。かつで、この世界は魔術も神術も存在していなかった。だから、その状況に戻す、ということらしいですが……」
デルタはそこで言葉を止めた。自分で言っていても、正直何を言っているんだ、という気分にさせられた。
「それだけだと、ただの頭がおかしい集団にしか見えないが。やはり、詳しく話を聞く必要がありそうだな」
ウィベルもデルタと同じ心境だったようだが、それでも現実として受け入れていた。
「なら、これから行きますか」
「そうだな。こういうことは早く終わらせるに限る」
三人は立ち上がると、二人が拘束されている場所へと向かった。