予想外の結末
「デルタ、大丈夫?」
タスクとの決着がついた後で、レアルが駆け寄ってきた。
「少し切られた程度だ、さして問題はない」
デルタは小さく首を振った。
「問題ないって、切られたんでしょ。見せて」
「ああ」
レアルに強く言われて、デルタは切られた太ももをレアルに見せる。
「そんなには深く切られていないようだけど、治すね……偉大なる主神の名において、かの者の傷を癒したまえ」
レアルはデルタの太ももに手を当てると、治癒の術をかける。
「よし、これで大丈夫だよ」
しばらくすると、切られた傷はきれいさっぱりになくなっていた。
「デルタ、一体何があった」
騒ぎに気付いたのか、ウィベルを始めとする教師たちが集まってきていた。
「俺も詳しくはわかりませんが、誰かが中から結界を破壊したようです。それに気付いたタスクが中に入ろうとしていたので、阻止するために戦いました」
デルタは黒焦げになっているタスクを指差した。
「また随分派手にやったようだな」
それを見て、ウィベルは呆れたように言う。
「中の様子が気になります。タスクの処理は任せていいでしょうか」
そんなウィベルに、デルタはそう言った。
「わかった、この男のことは私が何とかしておこう。だが、気を付けろよ」
「はい、お願いします」
「わたくしも一緒に行きましょう」
「ああ、頼む」
デルタは同行を申し出たレアルに頷くと、中へと向かって走り出した。
「誰が結界を壊したのかな?」
「姫様だとは思うが」
レアルの疑問に、デルタはそう答える。アンナに上位魔術の使い方を教えたとはいえ、実戦に投入できるほどの練度があるとは思えなかった。
「でも、彼の仲間が中にもいるんでしょ。結界を壊したら黙ってはいないんじゃ」
「だから、早く助けに行かないと。タスクと同程度の技量の持ち主なら、姫様一人には荷が重い」
ヒルダの魔術の技量は他の生徒達に比べれば飛び抜けている。だが、あくまでそれは生徒と比較した場合の話だ。それに、実戦経験という点においては他の生徒達とさして変わらないだろう。
「でも、結界が壊されてからかなり時間が経っているよ。大丈夫かな」
「それは、大丈夫だと信じるしかないな」
そうこうしているうちに、一期生達の集団と遭遇していた。
「あ、先生」
デルタの姿を見つけるなり、一部の生徒達が駆け寄ってきた。
「無事だったのか」
生徒達が無事だったことに、デルタは安堵していた。
「は、はい。でも、姫様がわたし達を逃がすために足止めを……」
「姫様が? 結界を破壊した上で足止めとは、また無茶をするな」
「いえ、結界を破壊したのはアンナです」
「アンナが!?」
アンナが結界を破壊したと聞いて、デルタは驚きの声を上げる。
「どういうわけか、姫様が上位魔術が使えるのを相手は知っていて、それで姫様は上位魔術を使えなかったんです。でも、アンナが上位魔術を使えたなんて」
「アンナは、どこまでも俺の予想を超えていくな」
アンナが予想以上に成長していたことを知って、デルタはふっと息を吐いた。
「そういえば、アンナは?」
一人の生徒がはっとして言う。
「いない? 一緒に逃げてきたはずなのに」
「まさか、姫様を助けるために戻ったんじゃ……」
アンナがいないことに気付いて、生徒達がざわめきだした。
「わかった。アンナのことも姫様のことも、後は俺がどうにかしよう。だから、お前達は無事をウィベル先生に報告してくれ」
「はい、わかりました」
デルタとレアルは、生徒達が逃げてきた方向に向かって走り出す。
「まさか、アンナが結界を破壊したなんてな」
「アンナちゃん、上位魔術使えるようになったんだね」
「それは喜ばしいことだが、姫様と一緒に残ったとなると不安だな。いかんせん、アンナは実戦経験が全くないといっていい。無事でいてくれればいいんだが」
デルタは不安げな表情になっていた。
「急ごう」
「ああ」
二人は先を急ぐ。
広間に出ると、アンナとヒルダがぐったりとした様子で座り込んでいた。
近くには見知らぬ男が倒れこんでいる。
「アンナ、姫様」
デルタは二人に駆け寄った。
「先生」
それを受けて、アンナが顔を上げる。
「無事だったか」
二人とも特に大きな怪我などはしていなさそうなので、デルタは安堵の息を吐く。
「はい、わたくしもアンナさんも無事ですわ。もっとも、アンナさんがいてくださらなかったら、わたくしは無事ではいられませんでしたけど」
ヒルダは柔らかい笑みを浮かべていた。
「姫様、いえ、そんな」
ヒルダの言葉を受けて、アンナは困ったように首を振る。
「アンナ、お前が結界を破壊したと聞いたが、本当なのか」
「え、あ、はい。先生に上位魔術の使い方を教わってから、毎日試行錯誤して特訓していたんです。ぶっつけ本番な感じになってしまいましたが、上手くいって良かったです」
「そうか、よくやったな、アンナ」
「はい」
デルタに褒められて、アンナはくすぐったそうな笑みを浮かべる。
「で、そこに倒れている男は」
デルタは今更気付いたように、倒れている男を指差した。
「えっと、ジネマ、でしったけ」
アンナは助けを求めるようにヒルダを見る。
「ええ、この男がわたくし達を監視していましたわ。どういうわけか、わたくしが上位魔術を使えることまで知っていました。ですので、わたくしの代わりにアンナさんに上位魔術を使ってもらいました」
「いや、それは知っています。まさか、二人でこの男を倒したのですか」
「はい、わたくし一人ではとても無理でしたが、アンナさんが協力してくださいましたから、どうにかなりましたわ」
ヒルダがそう言うのを聞いて、デルタは絶句していた。このジネマという男も、タスクと同程度の技量はあるだろう。それを二人掛かりとはいえ倒してしまうとは、予想すらできなかった。
「はぁ……とにかく、二人が無事で良かった、と思うことにしようか」
そして、そう呟いていた。