共闘
「ア、アンナさん、どうしてここに」
他の生徒達と一緒に避難したはずのアンナを見て、ヒルダは驚いた表情で言った。
「はい、わたし、あれから色々と考えたんです。姫様が民を守ることを使命とするのなら、その姫様は、一体誰が守るのかと」
「そ、それは……」
アンナの返答に、ヒルダは返す言葉がなく声を詰まらせてしまう。
「姫様の志は素晴らしいと思います。ですが、こんな状況ですから、もっと誰かに頼ってもいいんじゃないかって、そう思うんです」
「だから、戻ってきたと」
「はい」
アンナは頷いた。
「ですが、一筋縄でいくような相手ではありませんよ。下手をしたら、命を落とすかもしれません。その覚悟があって戻ってきたのですか」
「もちろんです。それに、姫様は言ってくれたじゃありませんか。わたしとは、お互いに切磋琢磨していきたい、と。それは、わたしのことを認めてくれたということですよね。なら、わたしも姫様のその思いに応えたいです」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのでしたら、もう何も言いません。わたくしに、力を貸してくださいますね」
「はい」
二人はジネマに向き直った。
「こざかしい。たたが生徒が一人増えたくらいで、俺をどうにかできるとは思わないことだな」
ジネマは雷を拳に受けても、さして効いていないようだった。
「わたしの雷が、効かないなんて」
アンナはやや落胆したように言う。当然倒せるとは思っていなかったが、全く効いていないのは想定外だった。
「おそらくは、魔術を防ぐ禁術を拳にかけているのでしょう。わたくしの風もいなされましたし」
「なら、どうすれば」
「上位魔術なら、禁術も破れます。わたくしが時間を稼ぎますから、アンナさんは上位魔術で攻撃してください」
「わかりました」
アンナは上位魔術の詠唱を始める。
「させるかよ」
ジネマはアンナの詠唱を止めるべく、拳を突き出した。
「それはこちらの台詞ですわ」
ヒルダはアンナを庇うように立ちはだかった。
「お前の魔術程度で、俺を止められるとは」
ジネマの拳の軌道がアンナからヒルダへと変わった。
「もちろん、思っていませんわよ」
ヒルダは魔術を使わずに、華麗な動作でジネマの拳をかわした。
「何だと!?」
ヒルダの身のこなしが素人のものではなかったので、ジネマは驚きの声を上げる。
「わたくしはこの国の姫。いざという時のための護身術の一つや二つ、会得していても不思議ではありませんでしょう」
「だが、所詮は付け焼刃。長い間体術を鍛えてきた俺とは雲泥の差だ」
「そうでしょうね、ですが、わたくしは時間さえ稼げればそれでいいのですから。アンナさん!」
ヒルダはアンナに合図を送った。
「はい……雷よ、稲妻となって貫け!」
アンナは雷の上位魔術を放つ。
「この程度の雷で!」
ジネマは両手を前に突き出すと、雷を真正面から受け止めた。
「ぐっ」
さすがに上位魔術ともなると威力を殺しきれないのか、ジネマは小さく声を上げた。
ジネマの両手から火花が飛び散っていた。
「中々の威力だな。だが」
ジネマが両手を組むようにして雷を閉じ込めると、雷はその手の中に消え去っていた。
「なんですって」
上位魔術を封じられたのを見て、ヒルダは驚きの声を上げる。アンナが未熟というわけではなく、並以上の魔術だったからなおさらだった。
「一つ、勘違いをしているようだから訂正してやろう。別に俺は禁術が使えるわけじゃない。禁術を使っているのは相方の方だ。鍛え上げられた拳は、魔術をも凌駕する。ただそれだけのことだ」
「なっ……」
「姫様、わたしが未熟だっただけです。姫様の上位魔術なら」
言葉を詰まらせるヒルダに、アンナはそう言った。
「いえ、アンナさんの上位魔術は、わたくしのものに匹敵するものでしたわ」
「そんな……」
今度はアンナが絶句する番だった。それが事実なら、もうジネマを倒す手段は残されていない。
「姫様、ここで諦めてしまうわけにはいきません。力を合わせましょう。単発の魔術で倒せないのなら、複数の魔術で攻めましょう」
アンナは首を振ると、ヒルダに提案した。
「……本当に、あなたには色々と教えらえますわね。そうですね、簡単に諦めてどうしますか。わたくしには、頼りになる相方がいるのですから」
ヒルダは折れかけていた心を奮い立たせるように言う。
「行きましょう、姫様……雷よ、貫け!」
「ええ、アンナさん……風よ、刃となって切り裂け!」
二人はほぼ同時に魔術を放った。
雷と風の刃が同時にジネマに襲い掛かる。
「手数を増やしたところで」
ジネマはそれを振り払うかのように横薙ぎに拳を振るった。
雷と風は同時に薙ぎ払われる。
「まだですわ……風よ、吹き荒れろ!」
ヒルダは今度は刃にせず、風をそのまま放った。
「雷よ、貫け!」
ほぼ同時に、アンナは雷を放つ。
風と雷は混ざり合って風雷となった。
「早いな」
追撃が予想より早かったこともあり、ジネマはそう呟いた。
先程と同じように、拳で薙ぎ払おうとして、ジネマの動きが止まる。
「これは……先程よりも、威力が増しているだと!?」
たまらず両手で風雷を受け止める。
通常魔術が混ざり合うことで、上位魔術並の威力になっていた。
先程と同じように、両手で挟み込むようにして風雷を打ち消した。だが、これは上位魔術ではなく通常魔術だ。当然、詠唱速度は上位魔術の比ではない。
「雷よ、貫け!」
「風よ、吹き荒れろ!」
ジネマの体勢が整う前に、第三波が襲い掛かってきた。
「ぐっ……ぐわぁぁぁ!」
さしものジネマもその追撃には耐えきれず、風雷をまともに受けてしまう。
「これでも、まだ駄目ですか」
それでも倒れないジネマを見て、ヒルダは呟いた。
だが、ジネマはその場から動こうとしなかった。いや、動くことができなかった。そのまま。糸が切れた人形のようにその場に倒れこんだ。
「や、やりましたわ」
「姫様、やりましたね」
アンナとヒルダは互いに顔を見合わせると、高く上げた手をぶつけ合った。