意外な繋がり
「埒が明かないな」
一向に進展しない会議に、デルタは苛立っていた。こうしている間にも生徒達は危険に晒されていると思うと、余計に苛立ちが募ってくる。
「ウィベル先生、ちょっと外に出てきます」
この場にいると気がおかしくなりそうなこともあって、デルタはウィベルにそう言った。
「外にか。まあ、お前の意見は求められていないようだから構わないが。あまり余計なことはするなよ」
「はい」
おおよそのことを察したのか、ウィベルはあっさりと許可を出した。
「待って」
デルタが外に出ていくのを見て、レアルはそれを追いかける。
「どうするつもりなの」
「中の様子をどうにか知ることができないか、と思ってな」
「禁術の結界は透明じゃないから、難しいと思うよ」
レアルは結界を指さした。その言葉の通り、建物の一部を黒い膜が覆っているようで、中の様子を窺うのは難しそうだった。
「それでも、何もしないよりはましだろう」
「それはそうかもしれないけど、下手なことして、中の生徒達に危険が及ばないようにね」
「ああ、わかっている」
レアルに言われるまでもなく、デルタはそのつもりだった。
「せめて、もう少し色が薄ければどうにかなったかもしれないな」
窓から中を見ようとしたが、黒い膜に邪魔されて全く中の様子がわからなかった。
「これは、さっさと禁書庫とやらを解放するように言った方が早いか」
結界に衝撃を与えずに中の様子を見ることができなさそうなので、デルタは呟いた。
「でも、禁書庫っていうからには、下手に手渡したらまずい本とかもあるんじゃないの」
「だから、さっき中身を確認させろって言ったんだが、禁書庫を解放すること自体に抵抗があるらしい」
デルタは小さく息を吐いた。偽善と思われるかもしれないが、禁書とやらよりも生徒達の方が大切だろうと思っていた。
「あれ? もう結論は出たのかな」
そこに、軽薄な声がかけられた。
「タスク……」
デルタの口から、声の主の名前が漏れていた。
「そんなに怖い顔をしないで欲しいね」
「まさか、いい顔ができるとでも」
「ははは、そりゃそうか」
デルタに睨まれても、タスクは軽薄な態度を崩さない。
「で、結論は出たのかな」
「いや、もう少しかかりそうだ。だが、お前には幾つか聞きたいことがある」
デルタはタスクにそう言った。軽薄な態度の割には隙が無い相手だが、会話をしていれば何かしらボロを出すかもしれない、という目論見があった。
「早くしないと、中の生徒達が危ないのにねぇ。ま、僕も暇だし答えられることなら答えてもいいよ」
デルタの目論見に気付いているのかいないのか、タスクはへらへらと応じた。
「お前達の目的については、答える気がなさそうだから聞かないでおく。まず、禁書庫の存在をどうやって知った。この学院の卒業生である俺でも知らなかったことを、部外者のお前が知りえるはずがない」
「いい質問だね。確かに、禁書庫の存在は一部教師以外は知らないみたいだけど。まあ、僕達の組織にかかれば、そういったことを知ることもわけないかな」
「組織、だと」
どこかで聞いた言葉に、デルタはそれを復唱していた。
「まさか、僕達二人だけで行動を起こした、なんて思っていたのかな。実際に行動を起こしているのは二人だけど、下準備から始まって結構な数の人が関わっているんだけどね」
タスクの言葉に、デルタは思わず納得していた。禁書庫の存在を調べることといい、実行するにあたり、ほぼ一期生しかいない今を選ぶことといい、これだけ大掛かりな計画をたった二人だけで行うのは無理がある。
「その組織とやらが、禁書をどうして欲する」
「この世界は歪んでいるからね。それを正しい在り方に戻す。そのために禁書が必要になる。それが僕達の組織の目的かな」
タスクの言葉に、デルタとレアルは互いに顔を見合わせた。
この世界は歪んでいる。
機械の街で、テッサが口にしていた言葉。まさか、この場でそれを聞くことになるとは思いもしなかった。
「へぇ、僕達の組織について、いくらかは知ってるんだ」
二人の反応を見て、タスクは驚いたように言う。
「機械の街を滅ぼそうとした人間も、同じことを言っていた」
「あ、あれ失敗したって聞いてたけど。まさか君達が邪魔をしたのかな。機械の街程度で失敗するなんて、随分無能な奴だと思ってたけど、そういうことだったのか」
タスクの態度から軽薄さが消えていた。
「ってことは、ここで君達を殺せば、僕らの評価は跳ね上がる……ま、今は禁書が優先だからそれはしないけど」
タスクは人差し指を立てると、それを小さく左右に振った。
「戯言を」
どこまで本気なのかわからないタスクの言葉に、デルタはそう吐き捨てた。
「で、もう質問は終わりなのかな。さっきも言ったけど、答えられることなら幾らでも答えるよ。僕も暇なんだしね」
タスクは再び軽薄な態度に戻っていた。
「お前は、どうして組織に所属している。お前の態度からして、世界は歪んでいようがいまいが、さして関係ないようにも感じるが」
「ああ、それね。君の言う通り、僕は世界が歪んでいようがいまいが、どっちでもいいんだよ。ただ、組織は僕に力をくれたからね。一応、その恩義があって従っているだけのことさ」
「組織が力を、だと。一体……」
デルタがそう言いかけた時、結界に強い衝撃が走った。
「何だ!?」
予想外のことに、タスクが目を見開いた。
「まさか、君たちが何かを……いや、あれは内部からの衝撃だった」
タスクがそう言ったのを見計らったかのように、結界にヒビが入っていく。
「内から誰かが結界を破壊した、のか。ジネマは一体何をやっているんだ。いや、そもそもお姫様以外で上位魔術を使える生徒なんか……」
タスクは明らかに混乱していた。
だが、デルタは誰が上位魔術を使ったの検討は付いていた。
「くっ、とりあえず中に……」
「おっと、そうはいかせない」
中に入ろうとするタスクをデルタは遮った。