禁書庫
「お前がこの結界を張ったのか」
突如として現れた青年を、デルタは睨めつけた。
「おお、怖い怖い。そんな目で見ないで欲しいね」
「ふざけるのも大概にしろ」
ふざけた口調を崩さない青年に、デルタは詰め寄るように詰問する。
「まあ、そんなに怖い顔をしなさるなって。とりあえず、自己紹介くらいはさせてもらえるかな。僕はタスクという者だよ」
青年はデルタの視線を受け流すかのように自己紹介をする。
「お前の名前など興味はない。さっさとこの結界を解除しろ」
「おや、つれないねぇ。でも、僕も目的があって結界を張ったんだから、そう簡単に解除はできないなぁ」
「目的、だと」
「そう、この学院には禁書がたくさんあるって聞いてね。僕はそれに目を通したいんだよ。だから、禁書庫を解放してくれないかな」
「禁書庫?」
聞いたことがない単語に、デルタはウィベルを見やった。
「確かに、当学院に禁書庫は存在する」
それを受けて、ウィベルはそう答えた。
「そんな物がこの学院にあったなんて」
「一部の教師しかしらない事実だからな。だが、禁書などを読み調べてどうするつもりだね」
「それは秘密かな。まあ、君達からしたらろくでもないことに使うことにはなると思うけど」
ウィベルの問いかけを、タスクは飄々とかわした。
「で、どうするのかな。禁術の結界は中にいる人間の生命力を奪う効果もあるんだ。早くしないと、中にいる生徒達が全滅しちゃうよ」
「偉大なる主神なの名において、我に邪なる……」
「おっと、下手に結界を解こうとはしないことだね。外から結界が破られたら、中にいる僕の仲間が生徒達を皆殺しにする手筈になっているから」
レアルが結界の解除を試みようとした時、タスクはそれを制止するように言った。
「中に仲間だと。随分と慎重じゃないか」
「まさか、何の下調べもせずに行動を起こしたとか思っていないよね。当然、巡礼の神術使いがこの学院に来ていることも調査済みさ。もちろん、お姫様がこの学院にいることもね」
タスクはレアルを見やった。
「レアル君、中の生徒達はどれくらいもちそうかね」
「あ、はい。魔術師ですから普通の人間よりは耐性があると思います。ですが、もっても三。四日が限度かと」
「そうか」
それを聞いて、ウィベルはしばらく考え込んだ。
「タスク君、といったかね。さすがにこの件は、私の一存では決めかねる。学院長を始めとして、各教員に意見を聞く必要がある。だから……」
「はいはい、まあそんなところだろうとは思ってたよ。でも、早くしないと中の生徒達が死んじゃうからね」
タスクはウィベルの言葉を遮った。
「デルタ、レアル君。君達も一緒に来てくれないか」
「はい」
「わかりました」
「いい返事、期待してるよ」
タスクの軽口を背に、三人は学院長室へと向かった。
「まさか、そのようなことになっていたとはな」
話を通すと、学院長は深刻な顔になる。
「よりにもよって、一期生全員が集まっている時を狙うとは……内通者がいるのかもしれん」
「どういうことですか」
学院長の言葉に、ウィベルはそう尋ねた。
「君も知っていると思うが、今日は一期生全員を集めて魔術戦競技会の反省会を行っていた。だが、そんな内部事情を部外者が知りえるはずもない」
「それで、内通者がいると」
「うむ。だが、今は内通者どうこう言っている場合ではないな」
学院長は立ち上がると、近くの窓を開けた。そして、始業終業の合図を告げる鐘に向かって風の魔術を放つ。
鐘がいつもとは違う音を鳴らした。
「よし、これで集まれる教師は全員集まるだろう」
しばらくすると、一人、また一人と教師が学院長室に集まってきた。
「学院長、何事ですか」
「うむ、まずはこれで全員か」
「いえ、一期生の指導をしている教師がまだ」
「その者はいい。皆を集めた理由を話す」
学院長の話を聞くと、どの教師も顔が険しくなっていた。
「禁書庫を解放しろ、とはまた無茶な要求ですね」
「だから皆を集めた。今後のことを検討するためにな」
学院長がそう言うと、皆一斉に黙り込む。今までになかった事なだけに、どうすればいいのか判断がつかないようだった。
「あの、学院長。禁書とは一体どんな代物なんですか」
「君は?」
デルタがそう尋ねたが、学院長から返ってきた言葉はそれだった。
「彼は臨時教師のデルタです。この学院の卒業生でもありますが、学院長とは面識がありませんでしたね」
それを見て、ウィベルがそう説明する。
「臨時教師……確かに、その手のことは君に一任していたが、最低でも一回は私に顔を出させるようにしたまえ。と、今はそれどころではないか」
学院長は軽く咳払いする。
「禁書の内容は、私もよくわかっていない。そもそもいつからかはわからないが、私が学院長になるずっと前から存在し、封印を施されていた、ということくらいしかわからん」
「なら、一回中身を確かめてみるべきでは。それで、中身次第ではくれやってもいいでしょう。生徒達の命の方が大事だと俺は思います」
「ふむ、君はそう思うのか。他の者はどうだね」
学院長は他の教師達を見やった。
「いや、いくら何でもそれはあまりに」
「そもそも、臨時教師がこの問題に口を出すなどと」
「だが、一期生の中には姫様もいるんだぞ。姫様に何かあったら大問題だ」
それぞれが勝手なことを言い出し、中々意見がまとまりそうになかった。