三つの学院
「なんか、いつもと比べて静かっていうか、人が少ない感じがするね」
普段に比べて静けさを増している学院内に気付いてか、レアルはそう言った。
「ああ、今二期生は魔術戦競技会の対抗戦に出かけているんだ」
「魔術戦競技会の対抗戦?」
初めて聞く言葉に、レアルはオウム返しで尋ねた。
「魔術学院はここクロワ魔術学院だけじゃなくて、他に二つ魔術学院が存在する。三つの魔術学院で各学院の代表者が対抗戦を行うんだ」
デルタはそう説明する。
「そうなんだ。ここ以外に二つの学院があるんだね。でも、三つも学院があると、どこの学院に入るか迷うんじゃない」
レアルは続けて質問した。
「それぞれ特色があるからな。大体その目的に合った学院に入る」
「デルタはどうしてここに入ったの」
「他二つはどうにも独特な方針で合わないと思ったからな。必然的に、ここしか選択肢がなかった」
デルタは小さく首を振った。
「そうだったんだ。ちなみに、ここはどんな方針なの?」
「クロワは純粋に魔術を追求する部分が大きいな。それだけではなくて、魔術を悪用する魔術師にならないよう、人間教育にも力を入れているか。実技だけでなくて、学科にも比重を置いているのがその表れだ」
「他の二つはどんな方針なの」
「コトレス魔術学院と、エウ魔術学院か。俺も詳しくは知らないから、大雑把な説明になるが」
デルタはそう前置きしてから話を続ける。
「コトレスの方は、貴人に仕えられる魔術師を目指す、という一風変わった方針だな。だから、魔術以外にも礼儀作法や給仕の仕方などといったことも学ぶらしい」
「へぇ。でも、執事やメイドが魔術師だと、いざっていう時に何かと安心かも」
「エウの方は、王侯貴族を中心に受け入れている。こちらはゆくゆくは人の上に立つ人間が多いから、帝王学に近いようなことも学ぶらしいな」
「あれ? じゃ、ヒルダ様はエウに通うのが本来じゃないの」
それを聞いて、レアルが首を傾げる。
「姫様がわざわざ帝王学を学ぶ必要はないというか、既に叩き込まれているだろうから、エウで学ぶ必要性は薄いと思うが……後々のことも考えると、クロワよりもエウに行くべきだとは思う」
デルタは顎に手を当てた。ヒルダはゆくゆく国王になる。エウに行けば、今のうちから将来配下となる人間との人脈もできるはずだった。
それを放棄してまでクロワを選んだ理由が想像できなかった。
「ヒルダ様も、何か考えがあってここを選んだとは思うけど、ちょっとわからないね」
レアルもデルタと同じ結論に至ったらしい。
「まあ、下々が姫様のことをあれこれ言うのも失礼に当たるだろうから、この話はこれくらいにしておくか」
「そうだね。でも、二期生だけがいないにしては、静かすぎるって感じがするね」
「三期生はそろそろ仕官先を探さないといけない時期だからな。卒業試験が終わった生徒は仕官先を求めて各地に出張っている」
「卒業試験って、こんな早い時期から受けられるものなんだ」
レアルは少し驚いたような顔になった。
「魔術戦競技会が終わったら、卒業試験は受けられる。早い生徒はもう終わっているだろう」
「そうなんだ、具体的にどんな試験だったりするの」
「魔術師として一人前だと証明することが卒業試験になる。どんな手法でもいいから、与えられた課題をこなせば合格だ」
「デルタはどうやって試験を突破したの」
「高速詠唱と同時詠唱を披露したら、こんなことは今までに前例がない、ってことであっさりと終わったな」
デルタは当時のことを思い出して、ふっと息を吐いた。
属性がない自分がいかにして卒業試験を突破するか、それを考えて試行錯誤して詠唱速度を上げることに行き着いた。それの副産物的なものが同時詠唱だった。
「だが、それから仕官先が全く見つからなくてな。一年以上各地を転々としたが、それでも駄目だった」
「そうだったんだね。でも、ボクはそれでデルタに会えたから良かったと思うよ。デルタには、ちょっとだけ悪い気もするけれど」
「そうだな。俺もレアルに出会えて良かったと思っている」
そこで、どちらからともなく笑みを浮かべていた。
「!?」
何かを感じ取ったのか、レアルが表情を変える。
「どうしたんだ」
その変わりように、デルタはただ事ではないと察知していた。
「誰かが禁術を使った気配がしたんだ」
「禁術を、か。だが、誰が何のために」
レアルがこんな嘘をつく理由はないから、禁術が使われたことはまず間違いない。だが、どのような術が使われたのか、そして、誰がどういった理由で禁術を使ったのか。それが全くわからなかった。
「外に出てみよう。そうすれば、何かわかるかも」
レアルの言葉に、デルタは頷いた。
二人が外に出ると、学院の一部が黒い何かに覆われていた。
「これは、禁術の結界……」
それを見て、レアルがそう漏らした。
「禁術の結界、それは間違いないのですか、レアル殿」
気付けば、ウィベルが後ろにいた。どうやらこの異変に気付いていたのはデルタ達だけではなかったらしい。
「あっ、ウィベル先生。間違いないと思います。ですが、誰が何のために」
「思ったよりも早かったねぇ」
考え込む三人に、そんな声がかけられた。
「誰だ」
声のした方を向くと、一人の青年が立っていた。
「この結界を張った張本人、といえばわかるかな」
青年は軽い口調でそう告げた。