上位魔術
魔術戦競技会が終わってから数日後。
「本当に、もう教えることはないんだがな」
いつものように自分の元を訪れたアンナに、デルタはそう言った。
「えっ、そうなんですか」
「通常魔術なら、もう十分に使いこなせるだろう。それに、俺が独自に編み出した高速詠唱のやり方も教えたしな。一期生でアンナとまともにやり合えるのは姫様くらいだろう」
「わたし、そんなに魔術が上達した、っていう実感はないんですけど」
デルタの言葉に、アンナは小さく首を傾げた。
「謙虚なのもほどほどにしないと、嫌みになるぞ」
「わたし、そんなつもりは……」
「ああ、すまないな。責めるつもりじゃない。もっと自分に自信を持て、と言いたかった」
アンナの表情が若干曇ったのを見て、デルタは諭すように言う。
「そうですか。姫様も、わたしと切磋琢磨していきたい、とそう言ってくれました。だから、わたしも姫様に負けないくらいに自分を高めたいんです」
「……上位魔術、覚えてみるか」
アンナがそう言うのを聞いて、デルタはしばらく思案してから口を開く。
「上位魔術、ですか。でも、それは二期生になってからじゃ」
「姫様も既に習得しているんだ、アンナが習得しても何の問題もない。一期生が習得してはいけない、という規則があるわけでもないしな」
「わかりました」
アンナは小さく頷いた。
「だが、これを教えたら本当に何も教えることはなくなってしまうからな。後は自分の力で自分を高める努力をしていくことだ」
「……はい」
「よし、なら早速始めるか。アンナは雷属性だから、まずは雷の上位魔術から覚えた方がいいな」
デルタは雷を自分の右手に宿らせた。
「まず、これが通常魔術だ。って言わなくてもわかるか。これを上位魔術に変換するには、まず魔力を充足させる」
デルタの右手に宿っている雷が、徐々にその大きさと形状を変えていく。
「これだけ充足させれば十分か。レアル、強めの障壁を頼む」
「わかった……偉大なる主神の名のもとに、我らを邪なるものから守りたまえ!」
レアルは自分の目の前に障壁を発生させた。
「威力は控えめにしてあるから、多分大丈夫だとは思うが……万が一に備えて、魔術の直線状から体を外しておいてくれ」
「ん、わかった」
デルタに言われて、レアルはデルタの正面から体をずらした。
「よし、これでいいか……雷よ、稲妻となって貫け!」
デルタの右手から障壁に向かって稲妻が放たれた。それは一瞬で障壁に到達すると、そのまま消え去った。
「あれ? 障壁を壊せなかったね」
レアルが不思議そうに言う。
「万が一に備えて、威力は控えめにしてあったからな。さすがに上位魔術が直撃したら色々と大変なことになる」
「禁術をも貫通するくらいだもんね、上位魔術」
「そういうことだ」
「えっ、禁術、ですか」
二人の会話に、アンナが割って入った。
「ああ、少し前に禁術使いと戦ったことがあった。禁術には魔術を遮断する術があるんだが、上位魔術ならそれを貫通できる、っていう話だ」
「先生、禁術使いと戦ったことがあるんですね。よく、無事でしたね」
「まあ、レアルがいてくれたから何とかなった、という部分はあるな」
「そうなんですか」
「それよりも、上位魔術の使い方は今見せた通りだ。やってみろ」
「あ、はい」
アンナは返事をすると、右手に雷を宿らせた。
「えっと、魔力を充足させて……」
デルタがやっていたことを復唱する。
アンナの右手に宿った雷が大きさと形状を少しずつ変えていく。
「そろそろいいだろう。あの障壁に向かって撃ってみろ」
「はい……雷よ、稲妻となって貫け!」
アンナは障壁目掛けて雷を放った。
だが、その雷は障壁に到達する前に消え去ってしまう。
「あっ……」
思いがけない結果に、アンナは落胆の声を上げた。
「まだ魔力の充足が不十分だったようだな。アンナならあの時間でも十分かと思ったが、まあ最初にしては上出来だ。後は魔力を充足させる速度を上げることと、どれだけ充足させれば十分な威力になるか、それを感覚で掴むことだな」
そんなアンナに、デルタは優しく言った。
「これで、本当に最後なんですね」
アンナがデルタを見上げるように言う。
「そうだな、もう教えられることは全部教えた。後はアンナ自身がどれだけ自分を高めていけるかになるが、それはもう俺が手助けできる範囲じゃない」
デルタはアンナの視線をまっすぐに受け止めて、そう言った。
「先生、今までありがとうございました。これからは、わたし自身がもっと高見にいけるように、頑張っていこうと思います」
アンナは頭を下げると、踵を返して部屋から出ていった。
「個人的に教えるのは、これが最初で最後になりそうだな」
デルタは小さく息を吐いた。
「アンナちゃん、これから一人で大丈夫かな」
「大丈夫も何も、一人でやっていけるようにならなければ困るからな」
「そうだね、ボク達もずっとここにいるわけじゃないし。それで、個人的にずっと教えていた生徒が巣立った気分はどんな感じ?」
「わからない、というのが正直なところかな。最初は魔力の循環を上手くできるようにしたら終わるつもりだったから、ここまで関わることになるとは思わなかった」
「そうなんだ。でも、いい先生だったと思うよ」
レアルは笑顔でそう言った。
「どうだろうな。アンナは誰が教えてもあれくらいにはなれる素質があったしな。だが、個人的に教えるのも、悪くはなかったな」
デルタはふっと笑みを浮かべていた。