意外な決着
「姫様、本当に何が目的でこの学院に来てるんだ」
ヒルダが風の障壁を張ったのを見て、デルタはたまらず呟いた。
「確かに凄い魔術に見えるけど、それとこれとどういう関係があるの」
「あれは上位魔術だ。本来なら二期生になってから学ぶものだが、姫様は既に習得しているようだな。だから、わからない。どうして姫様がこの学院に来ているのか」
レアルの問いに、デルタはそう答える。
「よくわからないけど、魔術師としてわざわざ学院で学ぶまでもないほど、ってことでいいのかな」
「そういう認識で構わない。これで勝負は決まったか」
「アンナちゃん、負けちゃうの」
レアルが不安げな表情でデルタを見た。
「さすがに通常魔術で上位魔術を破るのは無理だろうからな。だが、姫様も上位魔術を使うつもりはなかったはずだ。そういう意味では試合には負けたが、勝負には勝ったといったところか」
それを受けて、デルタはゆっくりと首を振る。いかにアンナの才能が凄くとも、通常魔術で上位魔術を破ることは難しい。
「なんて凄い魔術……」
ヒルダが作り出した障壁を見て、アンナはそう呟く。
「まさか、わたくしの切り札を切ることになるとは思いませんでしたわ。あなたは一期生の中でも、指折りの魔術師ですわね。ですが、この魔術を使ったからにはわたくしに敗北はありません」
ヒルダは右手に宿らせた風を放った。
「そう簡単にっ」
アンナはヒルダが放った風を相殺しようとした。だが、アンナが放った雷はヒルダの風に打ち消されてしまう。
そのまま、ヒルダの風がアンナの棒に直撃した。
「何て威力……今まで、手加減していたのですか」
「いいえ。先程までも全力でしたわ。ただ、これは上位魔術。通常の魔術で太刀打ちできる道理はありません」
アンナの問いかけに、ヒルダはそう答える。
「上位……魔術」
アンナも魔術師だから、その存在は当然知っていた。だが、実際に目にするのは初めてだった。
「だからって、このまま何もしないで負けるわけにはいかない……雷よ、貫け!」
それでもアンナはまだ諦めなかった。
「まだ勝負を捨てませんか。その意気は称賛に値します。ですが……風よ、突風となれ!」
ヒルダの放った風はアンナの雷をかき消すと、再びアンナの棒に直撃する。
「くっ、雷よ、貫け!」
アンナはヒルダの魔術を相殺することは諦めて、風の障壁を破壊することを選んだ。
「いい判断ですが……風よ、突風となれ!」
ヒルダが一発の魔術を放つ間に、アンナは四、五発の魔術を放っていた。それでも風の障壁はびくともしない。その反面、アンナの棒は半壊どころか八割くらいは壊れてきていた。
「これで終わりですわ」
ヒルダが放った風がアンナの棒に当たると、アンナの棒は乾いた音を立てて壊れていた。
「雷よ、貫け!」
同時に、ヒルダが作った障壁も消え去った。
「なっ……いくら手数が多かったとはいえ、通常魔術で上位魔術を打ち破ったというのですか」
それを見て、ヒルダは驚いた表情になっていた。
「勝負あり!」
審判がそう宣言する。
「負けちゃった……」
アンナはがくりと肩を落としていた。途中まで互角以上の勝負ができていただけに、その落胆も大きかった。
「あなた、名前はなんといいますの?」
そんなアンナに、ヒルダがそう尋ねた。
「えっ?」
意外な質問だったこともあって、アンナはすぐに答えられなかった。
「あなたの名前を尋ねていますのよ」
「わたしの、名前ですか。アンナといいます」
「アンナさん、ですわね。その名前、しかと覚えましたわ。アンナさん、あなた明日の団体戦にも出場なさるのでしょう。今度は上位魔術抜きであなたに勝ってみせますわ」
「あ、わたしは個人戦だけの出場なんです」
ヒルダが自信満々で宣言するので、アンナは申し訳なさげにそう言った。
「あなたほどの実力者が、団体戦に出ないなんて……あなたの組は、あなた以上の実力者が四人もいるということですか」
アンナの言葉を聞いて、ヒルダは驚愕する。さすがにアンナと同等以上の魔術師が四人もいるとなれば、無理もない反応だった。
「わたし、落ちこぼれだったんです。それを、先生が教えてくれたおかげでここまでになれました。だから、団体戦には出るつもりはなかったんです」
「そういうことでしたか。ですが、あなたを教えた先生というのは、相当のやり手のようですね。王宮の魔術師として採用したいくらいですわ」
「さすがに、それは無理だと思います。今、巡礼の神術使いの従者をやっている方ですから」
その言葉を受けて、アンナはゆっくりと首を振った。
「デルタ先生でしたか。属性がないとは聞いていますが、魔術師としても、教師としても相当にやり手なようですわね」
アンナを教えて教師がデルタだとわかって、ヒルダは意外そうな表情になっていた。
「わたしにとって、これ以上ない先生です」
「そのようですわね」
「はい」
「アンナさん」
「な、何でしょうか」
不意に名前を呼ばれて、アンナはヒルダに向き直った。
「あなたとは、今後とも切磋琢磨していきたいと思いますわ。もちろん、あなたさえよろしければ、の話ですが」
「え、えっ!? わ、わたしでよければ、こちらこそよろしくお願いします」
「ありがとうございます」
ヒルダはアンナに右手を差し出す。
アンナはその右手に自分の右手を重ね合わせた。