アンナ対ヒルダ
「もう準決勝か。さすがにアンナと姫様が一歩どころか二歩も三歩も抜けている感じだったな」
デルタはそう呟いた。
試合の方はアンナとヒルダが順当に勝ち進んでいた。二人とも対戦相手を寄せ付けない圧倒的な試合を続けていた。
「ボクは魔術のことはよくわからないけど、それでもその二人が飛び抜けているってことだけはわかったかな」
「一期生の試合で、ここまで実力差が出るのも珍しいからな。賭けやっていたら相当荒れたんじゃないか」
「賭け? そんなことしているの」
デルタの言葉に、レアルが眉をひそめた。
「まさか。そんなことはご法度に決まっている。まあ、隠れてやっている奴がいてもおかしくはないが、見つかったら厳罰ものだ」
「そうだよね」
二人がそんな会話をしていると、次の試合の準備が整っていた。
「あっ、次の試合はアンナちゃんとヒルダ様だね」
「そうか、とうとう二人がぶつかるか」
「アンナちゃん、勝てるかな」
レアルが不安げな表情でデルタを見る。
「正直、どっちが勝ってもおかしくはないくらいに実力は拮抗していると思う。こればかりは、蓋を開けてみないとわからない」
今まで二人の試合を見てきたが、デルタはどちらが勝つか全く予想できなかった。ただ、二人の戦い方は対照的で、アンナは相手の魔術を相殺しながら戦っていたのに対し、ヒルダは相手の魔術を無視して一方的に攻撃を加えていた。
この戦い方の違いが、勝敗を左右するかもしれなかった。
「アンナちゃん、頑張って」
レアルは小声ながらも、力強くアンナを応援する。
「アンナは雷属性、姫様は風属性だからな。雷は一撃の威力は高いが、その分扱いも難しい。風は応用が利く反面、威力という点では雷にはやや劣る。さて、どうなるか」
「あなたの戦いぶり、見事でしたわ」
試合開始前、ヒルダがアンナに声をかけた。
「えっ、あ、ありがとうございます」
思いがけない言葉に、アンナは戸惑いながらも返事をする。
「正直、わたくしと互角に戦えそうな方はいらっしゃらないと思っていましたが、あなたはわたくしを楽しませてくれそうですね」
「わたしは、目の前の戦いを夢中でこなしていただけですから」
「謙遜なさいますね。それだけの実力があるのですから、もっと自信を持たれたら良いでしょうに」
「姫様、そろそろいいでしょうか」
「これは申し訳ありません。わたくしとしたことが、試合の進行を妨げてしまいましたね」
審判に声をかけられて、ヒルダは恭しく頭を下げる。
「それでは、二人とも準備はいいか」
審判の言葉に、二人は頷いた。
「それでは、始め!」
「風よ、吹き荒れろ!」
「雷よ、貫け!」
審判の合図と同時に、二人は動き出していた。
ヒルダの放った風を、アンナは雷で相殺しにいった。
互いの魔術はぶつかり合うと、喰らい合うようにして消え去った。
「やりますわね」
自分の魔術が相殺されたのを見て、ヒルダは称賛の言葉をアンナに送る。
「随分と余裕ですね」
対してアンナは、やや非難するような口調で言った。
「お気を悪くなさいましたか。ですが、わたくしは今楽しくて仕方ありません。わたくしと互角に戦える方が目の前にいるのですから」
「わたしは、戦っていて楽しいなんて感じたことはありません。でも、わたしを鍛えてくれた先生のためにも、負けたくはない、そう思って戦っています」
「なら、お互いの全力をぶつけ合いましょうか」
「ええ」
「風よ、吹き荒れろ!」
「雷よ、貫け!」
二人は再度、魔術を放った。先程と同じように、互いの魔術は喰らい合うようにして消え去った。
「雷よ、貫け!」
続け様、アンナは雷を放った。
「速い!?」
その詠唱速度に、ヒルダは驚いて反応できなかった。アンナの放った雷はヒルダの棒に直撃する。
「まだ実力を隠していましたか……風よ、吹き荒れろ!」
ヒルダはそれでもすぐに気を取り直すと、負けじと風を放つ。
「雷よ、貫け!」
アンナもそれに反応して雷を放つ。
「雷よ、貫け!」
そして、続け様に雷を放った。
「その速度は脅威ですが、わたくしとて簡単に負けるわけにはいきません……風よ、吹き飛ばせ!」
ヒルダの詠唱速度もかなり早い方だが、アンナの方が一枚上手だった。
互いの魔術の威力がほぼ互角な以上、詠唱速度の差がそのまま手数の違いになってくる。
「くっ……」
いつの間にか、ヒルダの棒は半壊していた。対してアンナの棒は無傷だった。
「勝てる」
アンナは小声でそう呟く。
「さすがに、これは使いたくありませんでしたが」
ヒルダは何を考えたのか、そんなことを口にする。
「雷よ、貫け!」
アンナが雷を放っても、全く反応しない。
「?」
その様子に、アンナは戸惑いを隠せなかった。
「風よ、障壁となって立ちはだかれ!」
ヒルダは棒の周囲に風の障壁を発生させた。
「その程度の障壁なんか……雷よ、貫け!」
アンナは雷を放つが、風の障壁を打ち破ることはできなかった。
「どういうこと?」
その風の障壁がただの魔術ではないことに気付かされて、アンナはそう口にする。
「ここからが本番ですわよ」
ヒルダは風を右手に宿らせた。
二週間ほど入院していました