特訓
「やはりというか、訓練場は混雑しているな」
デルタはアンナと訓練するために訓練場に来てみたものの、既に他の生徒達で溢れ返っていた。
「これじゃ、とても訓練どころじゃないね」
「先生、どうしましょう」
「まあ、別に訓練場だけが訓練をする場所じゃないさ。中庭にでも行こう」
二人にそう言うと、デルタは訓練場を後にして中庭に向かった。
「あ、待ってください」
そんなデルタの後をアンナは慌てて追いかける。
「あ、二人とも待って」
レアルもまた、そんな二人の後を追いかけた。
「さすがにここにはあまり人がいないようだな」
デルタは中庭を軽く見渡した。
「でも、こんなところでどんな訓練をするんですか」
「この前も言ったが、魔術の威力そのものは一朝一夕に上がるものじゃない。だが、詠唱速度と魔力の集中力に関しては話は別だ」
アンナの質問に、デルタはそう答える。
「どういうことです」
「詠唱速度が上がればそれだけ手数が多くなるし、魔力を分散させずに集中させれば、それだけ威力も上がる。今日は詠唱速度の訓練をしようか」
「はい」
「まずは俺が手本を見せようか」
デルタは右手に炎を宿らせる。
「炎よ、貫け」
そしてそれを上空に放った。
続け様に、左手に氷を宿らせた。
「……早い」
「凍り付け」
驚くアンナをよそに、デルタは再び上空に氷を放つ。
「そして、極めるとこうなる」
デルタは右手に雷を、左手に風を宿らせた。
「同時に二つの魔術を!?」
初めて見る状況に、アンナは目を丸くする。
「まあ、これは俺が属性がないからできることでもあるな。自分の属性の魔術とそうでない魔術を同時に使おうとすると、自分の属性の方に引っ張られて上手くいかないだろう」
デルタは両手に宿らせた魔術を消し去ると、そう言った。
「まずは魔術を放った直後から、次の魔術を詠唱する訓練から始めるか。もっとも、大抵の魔術師は魔術を放った後はすぐ次に移ることが難しい。言い替えるなら、魔術を放った直後は隙ができる、ということだな」
「はい」
「だから、今回の課題はどれだけその隙を減らせるか、ということでもある。まあ、それで魔力の集中が乱れると本末転倒なわけだが。最初だからな、特にそっちの方は意識せずに、詠唱速度を上げることだけを考えてやってみろ」
「はい……えっと、まずは……」
アンナはどの魔術から使えばいいのか迷っているようだった。
「最初は自分の属性の魔術を連発できるようにすることから始めろ。それができるようになってから、他の術に手を付ければいい」
そんなアンナに、デルタは助言する。
「はい……雷よ、貫け」
アンナはデルタに倣って上空に雷を放った。
「……雷よ……貫け」
少し時間はかかったものの、次の雷を上空に放つ。
「……雷よ……」
そこで、アンナの手が止まった。
「これ、思ったよりも負担が大きいですね」
アンナは小さく息を切らせながらそう言った。
「最初はそうかもしれないが、慣れればそうでもなくなる。俺も最初は二連発くらいが限界だった。無理せずに徐々に慣らしていけばいい」
デルタはアンナの肩にそっと手を置いた。
「はい」
アンナはゆっくりと息を整えると、再び魔術を発動させる。
「雷よ……貫け……雷よ……貫け」
今度は先程よりも速度が上がっていた。
「雷よ……貫け……雷よ……貫け」
今度は三発、四発と立て続けに放つ。
そこで、膝から崩れるように腰を落とした。
「はぁ、はぁ」
アンナは肩を大きく上下させるように息をしていた。
「大したものだな」
そんなアンナを見て、デルタは感心するように言った。
「そんなに凄いの?」
デルタが感心するのが珍しかったのか、レアルがそう聞いてきた。
「ああ、俺はこれを思いついて実践した時、四発も連続で放つのに、それなりの時間がかかった。それをアンナは二回目でやってのけた」
デルタは自分がこの訓練を始めた時のことを思い出していた。最初はまともに連発することすらかなわず、相当苦戦されられた。
「じゃ、アンナちゃんはデルタよりも凄いってこと?」
「そうなるな。いや全く、末恐ろしい才能の持ち主だな」
「えっ、わたし、そんなに凄いことをしたんですか」
二人の会話に驚いたのか、アンナは思わず割って入っていた。
「ああ、凄いことをしている。もっと自信を持っていいぞ」
アンナが引っ込み思案気味なこともあって、デルタは自信をつけさせるためにも敢えてそう言った。過剰な自信は良くないが、アンナの場合は自信過剰なくらいでちょうど良い。
「はい、わたし、もっと頑張りますね」
アンナは勢い良く立ち上がろうとして、体勢を崩してしまう。
「だからって、無理するもんじゃない。四連発もすれば、相当に体に負荷がかかっているからな。少し休め」
「でも……」
「いいから休め。無理をしてもろくなことはない」
なおも食い下がるアンナを、デルタは無理にでも休ませる。
「そうそう、無理して壊れたら元も子もないからね。それは魔術師でも神術使いでも同じことだよ」
レアルもデルタに同意するように言う。
「はい、わかりました」
二人にそこまで言われてしまうと、アンナも反論の余地がなくなったのか、素直に従った。