矯正の終わりと新しい始まり
「雷は炎と違って霧散しやすいからな。だから、魔力を集中させないとすぐに消えてしまう。逆に言えば、この前のような暴走をすることはまずないから、そこは安心していい。だからと言って、気を抜くのは論外だが」
「はい、先生」
アンナが返事をしたのを聞いて、デルタは自分の指先に魔力を集中させる。
「雷よ」
そして、自分の指先に小さな雷を発生させた。その雷は一瞬だけ光るとそのまま消え去った。
「こんな感じで、雷はすぐに消えてしまう。維持させたかったら、かなり魔力を集中させる必要がある。もっとも、雷は威力と速度が売りの魔術でもあるから、そこまで維持させることに固執する必要もないが」
「どういうことですか」
「実際に見てもらった方が早いか。レアル、神術で防壁を張ってくれないか。そこに雷を打ち込むから」
「ん、わかった……偉大なる主神よ、我に護りの加護を与えたまえ」
デルタに言われて、レアルは神術の防壁を張る。
「雷よ、貫け」
デルタの指先から防壁に向かって雷が放たれた。雷が防壁に当たると、乾いた音を立てて両方が消滅した。
「こんな感じで、雷は一瞬で目標に到達する。そして、その威力は神術の防壁をも打ち破る。だから無理に維持させるよりも、威力を高めることに注力した方がいい」
「はい、わかりました」
「だが、まずは雷を安定して出せるようにならないとな。とりあえず、やってみろ」
「はい」
アンナは指先に魔力を集中させる。
「雷よ、宿れ」
アンナの指先で雷が発生した。それはデルタの時と同じように、一瞬だけ光るとそのまま消え去った。
「いい感じだな。後はその雷を……レアル、頼めるか」
「わかった……偉大なる主神を、我に護りの加護を与えたまえ」
再度、レアルは神術で防壁を張った。
「ここに雷を打ち込んでみろ」
「はい……雷よ、貫け!」
アンナは防壁に向かって雷を放った。それは防壁に当たるが、防壁を消し去ることはできずに消え去っていった。
「あっ……」
アンナは肩を落とした。
「そう気を落とすな。レアルは巡礼の神術使いだ。その防壁を魔術を学んで日が浅いアンナが打ち消せるはずもない」
気を落とすアンナに、デルタは優しくそう言った。
「そうそう。さすがにアンナちゃんの魔術でボクの防壁が破られたら、巡礼の神術使いの名折れだからね」
レアルもまた、励ますようにそう言う。
「でも、先生は属性がないのに雷の魔術で防壁を打ち消しました。わたしは雷属性なのに」
アンナは力なくそう呟く。
「そこは基礎魔術の差と、後は練度の差だな。同じ雷の魔術でも、魔力の質や集中度合いが違えば、当然威力にも差が出てくる」
「そうなんですか」
「こればかりは一朝一夕でどうにかなるものじゃないからな。後は日々の鍛錬を欠かさないことだ。アンナは基礎魔力が強いから、俺くらいになることもそう難しいことじゃない」
「はい、頑張ります」
アンナが強く返事をするのを聞いて、デルタはゆっくりと頷いた。
「もう、俺が教えてやれることはないな。もう明日からここに来る必要はない」
そして、そう告げる。
「えっ……」
その途端、アンナの表情が沈んだ。
「アンナの基礎魔力が強すぎて、魔力循環が上手くいっていないことが問題だったわけだからな。それが解決した今、俺がどうこうできることはもう終わっている」
「でも、わたしはもっと先生に色々と教わりたいです」
アンナは訴えるようにそう言った。
「後は日々の授業で教わることで十分だと思うが」
アンナがここまで食い下がるとは思わなかったこともあって、デルタは困惑していた。
「それに、わたし、魔術戦競技会の個人の部に出ることにしたんです。だから、先生にもっと教えてもらいたいんです」
「魔術戦競技会? そうか、もうそんな時期になっていたのか」
「デルタ、魔術戦競技会って?」
レアルがそこで口を挟む。
「この前魔術戦をやっただろう。あれの大会を毎年一回やっているんだ。各組から代表者を選んで競い合う……って、アンナ、よく代表者になれたな」
そこで、デルタはアンナに向き直った。落ちこぼれと馬鹿にされていたアンナが、競技会の代表になれたことに疑問を抱いたからだ。
「はい、うちの組は団体の方に力を入れることにしたみたいで、個人の方は空きがあったんです。だから、思い切って立候補してみたんです」
「そうか。よく立候補しようと思ったな」
「先生が教えてくれたおかげで、わたしも何とか魔術を使えるようになりました。その成果を試してみたかったんです」
「へぇ、アンナちゃん、意外と思い切りがあるんだね」
レアルが意外そうに言う。
「だが、それならなおさら俺が教えてやれることがないぞ。俺は属性がないから、魔術戦競技会には出れなかった。競技会の戦い方なんか全くわからない」
「でも、この前二人相手に圧倒していたじゃないですか」
「あれは相手が未熟だったからできたことだ」
「それに、わたしは落ちこぼれと馬鹿にされていましたから、誰も訓練の相手になってくれないんです」
アンナはどこか寂し気にそう言った。
「そういうことなら、俺ができる範囲で特訓することにするか」
デルタは仕方ない、というように言う。
「はい、よろしくお願いします」
アンナの表情が一変して明るいものになった。
「ただ、やるからには徹底する。優勝しろとまでは言わないが、それなりの結果は出せるように厳しくいくから、そのつもりでいろ」
「はい」
デルタの言葉に、アンナは力強く返事をした。