初めての魔術
「大分、魔力の循環も順調にできるようになってきたな」
アンナの魔力循環が以前より上手くできているのを見て、デルタはそう言った。
「は、はい。先生のおかげです」
アンナは笑顔を見せた。
「そろそろ、何かしらの魔術が使えるようになっていると思うが、試してみるか」
「えっ、でも……」
アンナは自信がないのか、躊躇するような素振りを見せる。
「何事もやらなければ始まらない。そんなことでは、いつまで経っても今までと変わらないままだ」
「それは、わかっているつもりです。でも」
デルタが強い口調で言うと、アンナは小さく首を振った。
「デルタ、もっと言い方があるでしょ。そうでなくても、アンナちゃんは今まで苦労してきたんだから」
そんなアンナを見かねてか、レアルが横から口を挟んだ。
「やっぱり、レアルの方が教師に向いているな。俺は優しくすることができないから」
「そう思うなら、これから頑張っていけばいいの。お互いにね」
レアルはデルタとアンナの顔を交互に見やった。
「アンナ、言い方がきつかったな。すまない」
デルタは自分の非を認めて、アンナに謝った。
「いえ、わたしこそ、先生がせっかく見てくださっているのに、躊躇してしまって」
アンナもまた、そう頭を下げる。
「……なら、改めて魔術を使ってみるか。そうだな、アンナの属性は雷だが、雷は操るのが難しい。最初は火か水の術を使ってみるのがいい」
デルタは少し思案してから、そう提案した。
「はい。でも、どうすればいいんですか」
「俺が見本を見せるから、同じようにやってみろ。まず、魔力循環の要領で、手先に魔力を集中させて……」
デルタはアンナにわかりやすいように、ゆっくりと魔力を手先に集めた。
「あっ、魔力が手先に集まっているのがわかります」
「そうしたら……とりあえず、火にするか」
アンナが魔力の流れを確認できたところで、デルタは次の工程に移る。
「火をイメージして……炎よ、灯れ」
デルタの指先に小さな炎が灯った。
「何事も慣れというか、最初から上手くできるなんてことはない。何回も挑戦して、何回も失敗して、それでできるようになる。俺も最初から上手くできていたわけじゃないからな」
「先生も、ですか」
アンナは意外そうに言う。
「ああ、俺もアンナと同じで、魔力循環が上手くできなかったからな。魔術が使えるようになるまで、相当に苦労させられたな」
デルタは昔のことを思い出して、思わず苦笑していた。今でこそ手足を操るかのように魔術を使いこなせるが、最初はそれこそ酷いものだった。
「俺の話はいい。今はアンナが魔術を使えるようにならないとな。やってみろ」
「は、はい」
アンナは指先に魔力を循環させた。
「悪くない。そうしたら、火をイメージして」
「はい……炎よ、宿れ」
アンナの指先に、小さな炎が宿った。
「あっ……」
アンナの顔が喜びのものへと変わった次の瞬間。
指先の炎が突如として激しく燃え上がった。
「えっ……あっ、と、止まらない!?」
炎は天井を焦がす勢いで燃え上がる。
「ちっ、迂闊だったか」
デルタは思わず舌打ちをしていた。アンナは魔力が強すぎるが故に、魔力循環が上手くできずにいた。だからこうなることも予想していなければいけなかった。
「アンナ、意識を炎に集中させろ。魔力を少しずつ炎から切り離せ」
それでも、デルタはアンナ自身に何とかさせる方向で動いた。実際、アンナの炎を消すだけなら簡単にできることだったが、それではアンナの為にならないからだ。
「デルタ、大丈夫なの」
たまらずレアルが声をかけてくる。
「アンナなら大丈夫だ、俺はそう信じている」
「先生……わかりました」
アンナは言われた通りに炎から魔力を切り離そうとした。
だが、中々に炎の勢いは弱まらない。
「先生……」
「魔力循環の応用だ。炎も自分の体の一部と考えろ。炎から自分の体に魔力を移すんだ」
縋るような眼でこちらを見るアンナに、デルタはあくまで助言だけをする。
「えっと、炎を自分の体と考えて……魔力を、炎から自分の体に……」
アンナは言われたことを復唱する。
少しずつだが、炎の勢いが弱まり始めた。
「その調子だ。だが、一気に魔力を循環させるな。体にかかる負担が大きくなる」
「はい」
しばらくして、アンナの指先で燃え上がっていた炎は収まった。
「はぁ、はぁ」
アンナは全力を使い果たしたのか、肩で息をしていた。
「大丈夫か」
そんなアンナに、デルタは気遣うように声をかけた。
「はい、何とか。すみません。こんなことになっちゃって」
「いや、今回は俺の落ち度だ。アンナの魔力が強いから、こうなることは十分に予想できたことだ。それを失念していた」
謝るアンナに、デルタはそう言った。
「でも、先生が助言してくださったから、何とかなりました」
「ああ、よくやったな。アンナ」
デルタはアンナの頭に手を乗せると、そっと撫でる。
「先生?」
アンナはくすぐったそうにデルタを見上げた。
「いや、俺はこういう時、どうしていいかわからなくてな。とりあえず、昔ウィベル先生にされたようにやってみたんだが、駄目だったか?」
「いえ、駄目ってことはないです。ただ、意外だったから」
「うん、ボクもデルタがそんなことするなんて、意外だったな」
「二人して……まあ、自分でもらしくないことは自覚しているが」
二人から意外と言われて、デルタは自嘲気味に笑みを浮かべていた。