姫様
「聞いたぞ、早速生徒の鼻っ柱を叩き折ったらしいな」
デルタが次の授業の準備をしていると、ウィベルが入ってきてそう言った。
「別に、やりたくてやったわけじゃありませんよ」
デルタはそっけなく答える。
「いくら生徒が相手とはいえ、二人を相手して圧勝したのはやり過ぎな気もするがな」
「魔術師としての実力を見せろ、と言われましたからね。やり過ぎたのは否定しませんが」
ウィベルの言葉をデルタは否定しなかった。予想外に生徒が未熟だったこともあって、やり過ぎた形になったことは否めなかった。
「まあ、お前のやりたいようにやればいい。お前に任せた以上、余程のことがない限りは口出しはせんよ」
「なら、俺の方から意見がありますがよろしいですか」
「なんだね」
「俺がいた頃と比べると、生徒の質も教師の質もお世辞にも良いとは言えません。危うく、生徒の一人が駄目になるところでした」
「どういうことだね」
ウィベルが怪訝そうな表情を作る。
「一人の女子生徒が魔力の循環が上手くできずにいました。そして、それを落ちこぼれと馬鹿にする生徒がいました。彼女は、俺の予想通り魔力が強すぎて循環が上手くできない状態でした」
「……その生徒は、私が何とかしよう。中々時間が取れないとはいえ、それくらいなら何とかしなくてはなるまい」
ウィベルは少し考え込んでから、そう言った。
「いえ、心配には及びません。俺が処置しておきました。彼女は魔力が強すぎるので、しばらくは時間を要すると思いますが」
ウィベルの言葉に、デルタは静かに首を振った。
「お前が、か。そうか、お前もそうだったものな」
ウィベルは納得がいった、というように頷く。
「ええ、その節はお世話になりました」
デルタは軽く頭を下げた。
「教師として、当然のことをしたまでだよ。あまり長話をしていると、次の授業に遅れてしまうな」
「はい、では失礼します」
デルタは一礼すると、レアルと共に次の授業へと向かっていった。
「今度は、やけに静かだな」
教室の扉を前にして、デルタは呟いた。前の授業の時は教室内がかなり騒がしかったのだが、今回は対照的に驚くほど静まり返っていた。
「そこまで気にしなくてもいいんじゃない」
そんなデルタに、レアルはそう声をかける。
「いや、前回のことがあるからな。また面倒なことにならないといいんだが」
「まあ、その時はその時じゃない」
「それもそうか」
レアルの言葉に、デルタは頷いて扉に手をかけた。
二人が教室に入ると、生徒達は静かに席に座っていた。
「既に聞いている者もいるかもしれないが、しばらくの間臨時教師を務める、デルタ・トーニナトだ。それから」
デルタはレアルに視線をやった。
「巡礼の神術使いのレアル・べオリカです。この度はわたくしの我儘を聞き入れてくださったこと、感謝しております。どうぞ、よろしくお願いいたしますね」
レアルは丁寧にお辞儀をする。
「何か、質問がある者はいないか」
デルタは教室全体を見渡した。すると、一人の女子生徒がすっと手を上げた。
「わたくし、この国の王女のヒルダと申します。この度は、巡礼の神術使い様に訪れていただいたこと、感謝の念に堪えません」
ヒルダと名乗った生徒は立ち上がると、恭しく一礼した。
「これはご丁寧にありがとうございます」
レアルもまた、一礼を返す。
「聞けば、魔術について学ぶためにこの学院を訪れたとのこと。一生徒としても、この国の王女としても、とてもありがたいことと思います」
「こちらこそ、わたくしに学ぶ機会を与えてくださったこと、感謝しております」
「巡礼の神術使い様に恥じないよう、わたくしもしっかりと学んでいく所存ですわ」
ヒルダの言葉はとても真摯で、本心からそう思っていることをうかがわせた。
「レアル、で構いませんよ。姫様。その肩書で呼ばれるのは、少々くすぐったいものがありますので」
レアルは自分のことを巡礼の神術使いではなく、名前で呼ぶように促した。
「ではレアル様、今後ともよろしくお願いいたします。わたくしのことも、ヒルダとお呼びください」
「わかりました、ヒルダ様。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「あっ、あまり長く話をしてしまうと、この先の授業に差し支えてしまいますね。では、わたくしはここで」
ヒルダは一礼すると、席に着いた。
「他に質問がある者はいないか」
デルタは再び教室全体を見渡した。だが、誰一人として手を上げる者はいなかった。
「なら、これから授業を始める」
デルタはそう言うと、持ってきた教科書を開く。
「最初からでいいのか……魔術は火水雷風の四属性から成り立ち、魔術師であればいずれかの属性を持っている」
そして、その中身を読み上げた。
「属性の判別方法として、属性測定石によるものがあり……随分基礎的なことから教えるんだな」
その内容があまりに基礎的だったので、デルタは思わずそう口にしていた。
「先生からすればそうかもしれませんが、わたくし達は基礎も知らない雛鳥です。どうか、そのことをお忘れにならないよう」
「ああ、そうだったな。すまない」
ヒルダに指摘されて、デルタは自分が生徒だった時のことを思い出していた。教師にとってみれば当たり前のことでも、生徒からしたら初めてのことだということを失念していた。
「俺も新任教師で慣れないところがある、何か間違ったところがあったら遠慮なく言ってくれ」
そう前置きしてから、教科書の中身を再度読み上げ始める。
初めての授業らしい授業は、こうして幕を上げたのだった。