初授業
「で、これが今日の授業の資料で……」
デルタは初めての授業を前に、その準備に追われていた。
学科の方が実技に比べて資料などがいる分、準備が大変だったりする。
「どう、準備はできた」
そんなデルタに、普段通りの口調でレアルが声をかけた。
「全く、先生の前での猫かぶりには驚かされたな」
「さすがに巡礼の神術使いとして、大勢の前に立つわけだからね。それなりの立ち振る舞いをしないといけないから」
「なら、事前に教えておいてくれ。あまりの変貌ぶりに、別人かと思ったぞ」
デルタは抗議の意味を込めてそう言った。
「余計なことを言っていないで、準備はできたの」
だが、レアルはそれをあっさりとかわす。どうやらまともに答えるつもりはないらしい。
「もうすぐ終わる」
半ば予想通りだったこともあって、デルタはぶっきらぼうにそう答えた。
「そう、なら初めての授業、頑張ってね」
「ああ」
デルタはまとめた資料を持つと、教室へと足を運んだ。
「そういえば、今日から新しい先生が来るんだってな」
「へぇ、どんな先生なのかな」
生徒達の間で、デルタのことが話題になっていた。
「臨時教師らしいから、長くはいないようだけど」
「何でも、聞いた話だとここの卒業生らしいよ」
「なら、相当にできる魔術師、ってことか」
「だけど、属性がないらしいぜ」
その一言で、教室が静まり返った。
「属性がないって、そんな魔術師に教わるのか」
「そもそも、どうやって卒業したんだよ」
「不正でもしたんじゃないか」
そして、一気に騒ぎになった。
デルタが教室に着いたのは、その騒ぎの最中だった。
「やけに騒がしいな」
「元気があっていいじゃない」
「まあ、真面目に授業を受けてくれればそれでいいか」
デルタは教室の扉に手をかけた。
生徒達の視線が一気に集中したのがわかる。
「二人?」
デルタとレアルが教室に入ったのを見て、一人の生徒がそう呟いた。
「では、これから授業を始める。全員、席に着くように」
デルタがそう言うと、生徒達は訝しげながらも各々の席に着く。
「知っている者もいるかもしれないが、今日から学科の授業を担当することになった、デルタ・トーニナトだ。以後、よろしく頼む」
「先生、隣の人はどうしているんですか」
デルタが自己紹介をすると、生徒の一人が質問する。
「ああ、それについてもこれから説明する。彼女は巡礼の神術使いの……」
そこで、デルタの言葉が止まった。レアルのフルネームを聞いていなかったことに、今更ながら気づいたからだ。
「巡礼の神術使いのレアル・べオリカと申します。この度は、魔術学院を見学したいというわたくしの我儘を聞き入れてくださったこと、感謝しております」
レアルはデルタの言葉を引き継ぐと、恭しく一礼した。
「見学、ですか」
「はい。わたくし、魔術について知りたいと思いまして。そこで、ウィベル先生にお願いしたところ、快く引き受けてくださいました」
生徒の質問にも、レアルは丁寧に答える。
いや、快くじゃない気はするんだが、とデルタは内心でそう思っていた。
「じゃあ、他の授業の見学もするんですか」
「ええ、時間があればそうさせていただきたいと思います。ですが、基本的にはわたくしの従者でもある、このデルタ先生の授業を見学させていただくことになりますね」
そこで、生徒達がざわめきだした。デルタが巡礼の神術使いの従者であることに、少なからず驚かされたらしい。
「さて、他に聞きたいことはないようだから、授業を始めようと思う。巡礼の神術使いが見学しているが、普段通りで構わない」
もう生徒達から質問がなさそうだと判断して、デルタは教壇に立った。
「ちょっと待ってください」
そこで、一人の生徒が立ち上がった。
「まだ質問があったのか」
今日はまともに授業できそうにないな、と思いつつデルタは発言を許可する。
「いえ、先生はここの卒業生だそうですが、属性がないと聞きました」
「何だ、知っていたのか」
デルタは生徒達の情報網が優れていることに、幾分驚かされていた。とはいえ、属性がないことを隠すつもりもなかったので、それを否定はしなかった。
「失礼ですが、そんな魔術師が僕達の教鞭を執ることに納得ができません」
「俺も同じことをウィベル先生に言ったんだが。実技ならともかく、学科ならさして問題ないということになった」
「いくらウィベル先生がそうおっしゃったとしても、実際に教わるのは僕達です。実力が不足している魔術師を、先生と仰ぐことは難しいです」
ウィベルの名前を出せば納得するかと思ったが、そう簡単にはいかないようだった。
「他の者も、同じ考えなのか」
デルタがそう聞くと、半数近い生徒が挙手をした。
「なら、どうすれば俺のことを教師として認めてくれるのかな」
その数が思っていたよりも多く、デルタはどうしたものかと思案する。
まさか、自分を教師として生徒達に認めさせることが初仕事になるとは思いもしなかった。
「魔術師としての技量を示してください」
そう言う生徒は言葉こそ丁寧なものの、あからさまに見下したような態度が透けて見えた。
「そういうことか。なら、今日の授業は学科ではなく魔術戦としよう」