厄介事
「いいんじゃないの」
事のあらましをレアルに告げた際、レアルの第一声はそれだった。
「簡単に言ってくれるが、どれだけ拘束されるのかわからないんだぞ」
「うん、それも全部わかった上で言っているよ。巡礼の神術使いの旅は急ぐものじゃないからね。それに、デルタがどんな先生になるのか興味もあるし」
「面白がってるんだろうけど、当事者の俺にしてみれば頭が痛くなる話だぞ」
レアルの様子を見て、デルタは小さく息を吐く。
「ウィベル先生、だったっけ。デルタがお世話になった先生って」
「ああ。こんな無茶振りをしてくる先生じゃなかったと思うんだがな」
「なんだ、もう答えが出てるじゃん」
「どういうことだ」
レアルの言葉の意味がわからずに、デルタはそう言っていた。
「そんな無茶振りをする人じゃない、ってことは、デルタなら十分に先生ができるってこと。少なくとも、その先生はそう思っているんじゃないかな」
「先生がそう思っていても、俺はそう思えないんだが」
「でも、引き受けないと見学させてくれないんでしょ」
「ああ」
「なら、迷うことはないよね」
そこで、レアルはデルタをまっすぐに見据えた。
「まあ、最初から結論は出ていた。ただ、俺が迷っていただけだからな」
迷いを吹っ切って、デルタはふっと笑みを浮かべる。ここまで来たら御託を並べていても仕方がない。
「なら、ボクもお礼を言いに行かないといけないね」
「ウィベル先生にか」
「うん、さすがに挨拶もお礼もしないのはどうかと思うから」
「それもそうだな」
「そういうわけで、引き受けることにしました」
デルタはレアルを伴って、ウィベルの元を訪れた。
「そうか、ありがとう。で、隣にいるのはどなたかな」
ウィベルはレアルに視線をやった。
「はい、俺が従者を務めさせてもらっている、巡礼の神術使いです」
「ほう。今回の巡礼の神術使いはうら若き乙女と聞いていたが、想像以上にお若いな」
デルタがそう言うと、ウィベルは幾分表情を変えた。
「うら若き乙女とは、過大評価にもほどがありますわ」
「!?」
普段と異なる喋り方をするレアルに、デルタは思わずその横顔を凝視していた。
「どうした、彼女の顔に何かついてでもいたか」
「い、いえ」
デルタは小さく首を振った。さすがに普段と違うことを指摘するのはまずい気がした。
「この度は、わたくしの我儘を聞き入れてくださったこと、感謝しております」
レアルは恭しく一礼する。その動作はそう言ったことに慣れていることを感じさせた。
「これはご丁寧にどうも。私の方こそ、かなり無理なことを要求した自覚はありますので」
「いえ、それが条件というのであればやぶさかではありませんわ」
「そう言っていただけると、こちらも助かります」
そんな二人のやり取りを、デルタは唖然として見ていた。
レアルが普段と違い過ぎるので、別人ではないかと疑ってしまうほどだった。
「で、明日からでも構わないかな」
「え、あ、はい」
突然話を振られて、デルタはどうにかそう返事をする。
「何だ、さっきから上の空といった感じだが。大丈夫か」
そんなデルタに、ウィベルは怪訝そうな表情を見せた。
「いえ、問題はありません」
デルタは軽く頭を振ってからそう答える。
「ならいいんだが。さすがに体調に問題があるようなら、明日からというわけにもいかないからな。そうだ。言い忘れていたが、今年から姫様がこの学院に通うことになっていてな」
「姫様? というと、国王の一人娘の姫様ですか」
姫様と聞いて、デルタはこの国の王に娘がいたことを思い出す。
「そう、その姫様だ。まあお前なら問題はないだろうが、粗相のないようにな」
「……先生、俺が助手断ったの、根に持ってますよね」
デルタは抗議の意味を込めてそう言った。
「何馬鹿なことを言っている。そんなことあるわけないだろうが」
ウィベルは心底から意外そうにそう答える。
「ならどうして、そんな厄介事がある時に教師を押し付けるのですか」
「他の生徒と同じに扱ってくれて構わない、ということだから、さして厄介事でもあるまい」
「そう言われても、どうしても意識はしてしまいますよ」
「そこは、うまく折り合いをつけてやってくれ、としか言えないな」
「わかりました、わかりましたよ。どうにかやっていきます。それでいいですよね」
デルタは半ばやけになってそう言った。
「話が早くて助かるな」
ウィベルはそんなデルタを意にも介さなかった。
「話はまとまったのでしょうか」
二人の話が一区切りしたのを見計らってか、レアルが口を開いた。
「ええ。巡礼の神術使い様には見苦しいところを見せてしまったかもしれませんが」
「レアル、で構いませんよ」
「そうですか、ならレアル殿。短い期間ではありますが、この学院のこと、ひいては魔術のことをしっかりと学んで行ってください」
「はい、よろしくお願いいたします」