巡礼の神術使い
「やっぱり、先生の言う通りになったな」
デルタはそう呟くと、かつての恩師の言葉を思い出していた。
「君は属性がないから、仕官先を探すのも苦労するだろう。君さえよかったら僕の助手になってくれないかな」
「いえ、先生には散々迷惑をかけました。この上、更にお世話になるわけにはいきません」
恩師の提案を、デルタは固辞していた。
そもそも属性がないデルタが魔術学院に入学できたのも、どうにかこうにか卒業できたのも、この恩師あってのことだった。
更には学費まで融通してもらっており、これ以上迷惑をかけるわけにはいかなかった。
デルタが何度失敗しても諦めずに仕官先を探しているのは、恩師に融通してもらった学費を返すというのが目標としてあるからだ。
デルタはそのまま教会へと向かっていた。
旅を始めて痛感したのは、思ったよりも宿代が馬鹿にならないことだった。目の玉が飛び出るほどではないにしろ、無節操に宿に泊まるのが躊躇われる程度に。
そんな折、教会に寄付をすれば宿に泊まるよりずっと安上がりだという話を耳にした。半信半疑で教会に行ってみると、確かにその通りだった。何よりも質素ながら食事が出るのも大きかった。
以来、デルタは宿でなく教会を利用するようにしていた。
恩師に学費を返すためにも節約できるところは節約したかった。
教会の扉を開けると、子供と少女がいた。
「待っててね、すぐ終わるから」
少女はそう言うと、子供の足首にそっと手を当てる。
「偉大なる主神よ、我に癒しの力を与えたまえ」
少女の手が光った。
「すっげーぇ、もう全然痛くないや」
子供は元気よくそう言うと、確かめるように何度も飛び跳ねた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「もう無理しちゃダメだからね」
「わかったよ」
子供はそのままデルタの脇をすり抜けて飛び出していった。
「神術か」
デルタは自分でも気づかないうちにそう呟いていた。
魔術とは異なる系統の術で、傷の治療などを主とする術。魔術学院で知識としては学んでいたが、実際に目にする初めてだった。
「すまないが、一晩泊めてもらえないか」
少女がここのシスターと判断したデルタは、そう声をかけた。
「旅の人? あいにくボクはここの責任者じゃないんだ」
「ああ、だから責任者に取り次いでくれないか」
「んー、ボクもここの責任者に会いにきたんだけど、留守みたいんなんだよね」
「どういうことだ」
「さっきの子供が足首を捻ったみたいだったから、ここまで連れてきたはいいんだけど。誰もいなかったから、ボクが勝手に治療しちゃったんだ。本来ならいくばくかの寄付をもらう必要はあるんだけどね」
「そういうことか」
「まあ、巡礼の神術使いがやったことだし、大目に見てもらえるとは思うけど」
少女はこともなげにそう言った。
「なっ」
反面、デルタは言葉を詰まらせてしまう。
巡礼の神術使い。
それは神術使いの中でも特に優れた者が各地を旅して回るというものだ。
デルタは改めて目の前の少女を見る。
どう見ても自分と同じくらいか、年下であろう年齢だろう。その若さで巡礼の神術使いということに驚かされていた。