歪んだ世界
「デルタ」
立てるようになったレアルが、デルタに駆け寄った。
「大丈夫?」
「ああ、骨が折れたわけじゃないからな。ヒビくらいは入ったかもしれないが」
デルタは腕を動かそうとして、幾分顔をしかめた。相当な時間あらぬ方向へとねじ曲がっていたから、全くの無傷というわけにはいかないようだった。
「もう、無理せずに治してって言えばいいのに」
「レアルも術を行使し過ぎているだろう」
「もう一回くらいなら、何とかなるよ」
レアルはデルタの両腕に、それぞれ自分の手を添えた。
「かの者の傷を癒したまえ」
レアルが術をかけると、デルタの腕から痛みが消えていった。
「ありがとう」
「うん」
デルタが礼を言うと、レアルは微笑んだ。
「君は……」
そんな中、ラバンはテッサにかける言葉が見つからなかった。
「どうしてそんな顔をするのですか。機械の街は守られたというのに。私としては、不本意な結果に終わりましたが」
テッサは自虐的な笑みを浮かべていた。
「君には、色々と助けてもらった。だけど、それも全て演技だったのか」
「言ったでしょう。最初からそのつもりでこの街に来た、と。まあ、あなたと色々やったことは、決して悪くはなかったと、そうも思っていますが」
「一体、何が目的で機械の街を潰そうと」
「それも言ったでしょう。我々にとって、機械が発展しすぎるのは厄介なんですよ」
「どういうことなんだ」
ラバンは答えが返ってこないことを承知の上で、そう聞いていた。
「我々の目的のためには、機械が邪魔になる可能性が高い。そう判断して私がここに派遣されました。それだけのことですよ」
だが、意外にもテッサからはそう返ってきた。
「お前達の目的は何なんだ」
デルタは二人に割って入った。
「この世界は歪んでいます。だから、世界をあるべき姿に戻すのが我々の目的……ということになっています」
「世界が歪んでいるって、どうしてそんなことがわかるの」
「神術も魔術も禁術も、元からこの世界にあったものではないそうです。故に、この世界は歪んでいる、と。そういうことだそうです」
レアルの問いに、テッサはそう答える。
「元からこの世界になかった術なんて、どうしてそんなことがわかるの」
「さあ、そこまではわかりません。ただ、私は物心ついた頃から、どうして力を使える者とそうでない者がいるのか、ずっと疑問に思っていました。だから、世界があるべき姿に戻れば、そういった不平等がなくなると、本気でそう信じていました」
「随分饒舌だな。そこまで喋ってもいいのか」
「構いませんよ。任務に失敗した以上、私に生き長らえる術はありませんから」
「どういう……」
デルタがそう言いかけると、テッサの口元から血がしたたり落ちた。
「テッサ!?」
思わずラバンはテッサの体を抱えていた。
「魔術師と神術使いがこの街に来た、そう知った時、私は計画を実行することにしました。魔術師の方は、属性がないから余計にやりやすい、そう思っていましたよ」
口から血を吐きながら、テッサはそう続けた。
「ですが、魔術師は私よりも格上、その上に巡礼の神術使いまでいたとは計算外にもほどがありました」
「もういい、喋るな。レアル君、テッサを治療してくれないか」
ラバンにそう言われて、レアルは頷いた。
「無駄ですよ。もう全身に毒が回っています。いくら神術でも、できることに限界はあるでしょう。それに、あなたは術を行使し過ぎて限界を超えているのでは」
テッサの顔色が相当に悪くなっていた。
「ボクは巡礼の神術使いだよ。どんな毒かは知らないけど、あなたを簡単に死なせはしないよ」
「これだけの罪を犯した私を、ですか」
「そう思うのなら、生きて罪を償おうとは思わないの」
「それが叶うのなら、そうしたいところですが」
どこにそれだけの力が残っていたのか、テッサはラバンの手を振り払って立ち上がる。
「任務に失敗した以上、私が生き長らえることはありません」
テッサがラバンを突き飛ばすと同時に、その体が炎に覆われた。
「それで自決するつもりか……水よ、炎を打ち消せ!」
デルタは咄嗟に水を放ったが、それはテッサの目の前で消え去った。
「禁術と魔術を同時に使っているのか」
自分の放った魔術が消え去ったのを見て、デルタは舌打ちする。
「あなたの真似はできませんが、応用させてもらいましたよ。しかし、どうして私を助けようとしたのです」
「俺自身は、お前が生きようが死のうが関係ない。レアルがお前を助けると決めたからだ。従者はその手助けをしただけだ」
「本当に、あなた方はお人好しですね。ですが、その情けは受けません」
テッサの体を覆っている炎が激しさを増した。
「テッサ、やめるんだ」
「ラバン、私から最後の忠告です。今後、素性の知れない者を受け入れるのは控えなさい。でないと、第二第三の私が現れますよ」
テッサの体を炎が焼き尽くすまで、さして時間はかからなかった。
「テッサ……」
ラバンは言葉を失って、その場に立ち尽くしていた。