真夜中の密談
その日の夜。
デルタは日課でもある基礎魔術の向上鍛錬を行っていた。ある程度までいくと頭打ちになるとされているが、それでも属性のない自分ができることはすべてやっておきたかった。
魔術を直接使うのではなく、魔力を右手に集約させた。
その魔力を体内を通じて右手から左手へと移行させる。
そしてまた、左手から右手へと。
これをできる限り素早く、そして淀みなく行う。
「何してるの?」
幾度かそれを繰り返していると、後ろから声をかけられた。
「レアルか。こんな時間にどうしたんだ」
振り返ると、レアルがそこにいた。
「それはこっちの台詞かな。ボクは興奮しちゃってちょっと眠れなくて。それで少し散歩してたら、デルタがいたから声をかけたんだ」
レアルは少し気恥しそうに言った。
「確かに、あの空を飛ぶ機械は凄かったからな」
レアルほどではないにしろ、デルタも少なからず興奮していたことを自覚していた。もっとも、眠れないほどではなかったが。
「デルタも興奮して眠れなかった……ってわけじゃなさそうだね」
「ああ、基礎魔力の向上訓練をやっていたんだ」
「基礎魔力の向上訓練?」
「同じ魔術でも、基礎魔力が強ければそれだけ威力が上がる。属性がない俺は、こういった部分で補っていくしかないからな」
首を傾げるレアルに、デルタはそう説明する。
「そうなんだ」
「まあ、無駄な努力かもしれないが」
デルタは自嘲気味に息を吐いた。
「ボクは魔術のことはよくわからないけど、無駄な努力ってことはないと思うよ」
「……そうだな。自分でそう決めつけるのも良くないな」
デルタは先程の言葉を否定するように、小さく首を振った。レアルの表情が真剣そのもので、月並みな慰めの言葉ではないことが受け取れたからだ。
「ねえ、少し話がしたいんだけど、いいかな」
「話? 昼間でもできるだろう」
「できれば、ラバンさんやテッサさんには聞かれたくないから」
レアルは人差し指を唇に当てる。
「そういうことなら、構わないが」
あの二人に聞かれたくない話とは、どんな話だろうかと思いつつ、デルタはそう答えた。
「教会の教えだと、機械が魔獣を生み出したってことになっているけど。それだと、銃や大砲なんかは、魔獣が存在する前からあった、ってことだよね」
「そうだな」
「魔獣が現れてから作ったならまだしも、それより前からあった。どういう目的で使われていたと思う?」
レアルの問いに、デルタは答えることができなかった。
「ボクは、人と人が争っていた可能性が高い、って思う」
「人と人が、か?」
「うん。人と人が機械を使って争ったから、機械が滅んだんじゃないかなって」
「なら、魔獣が現れた原因は何だ?」
そこで、デルタは疑問を口にする。人同士の争いで機械が滅んだのなら、魔獣が現れた理由がわからなくなる。
「ボクの仮説が正しいのなら、そこが問題になるんだよね。魔獣がどうして現れたのか、それがわからなくなっちゃうから」
レアルは顎に手を当てて考え込む。
「確か、機械が滅んだのは五百年ほど前、だったか。それと時期を同じくして魔獣も出現しているから、何かしらの因果関係はあるとは思う」
デルタは魔術学院で学んだ知識を頭の片隅から引っ張り出した。
「魔獣と機械は何か関係があるのは間違いないと思うんだけどね。教会の主張が正しいとも思えないけど」
「教会はどうして機械のせいで魔獣が現れたと主張しているんだ」
「ボクも色々と調べてみたんだけどね、これといった証拠みたいなのは見つからなかったんだ。ずっと前からそう言われているからって感じかな」
デルタの問いに、レアルは首を振って答えた。どうやら、教会もこれといった根拠があっての主張ではないらしい。
「教会の主張が間違っている可能性は高い、というわけか」
「あくまで可能性だけどね。こんなことを巡礼の神術使いが言っているなんて知られたら、大事になりそうだけど」
レアルはそこで小さく笑った。
「違いない」
デルタもつられて笑みを浮かべる。
「それに、ボクのはあくまで仮説だからね。正しいとは限らないよ」
「レアルの仮説が正しいのなら、機械が世界に普及したら人と人で争うようになるのかもしれないな」
デルタはそう言いつつも、その光景がうまく想像できずにいた。正しくは、人と人とが争う理由が思い当たらなかった。
「どうだろうね。今は魔獣がいるから、人と人で争うよりも魔獣をどうにかする方向で使われると思うよ」
「そうあってほしいな。人と人が争うなんて、不毛もいいところだ。まあ、それ以前に機械が普及することが当分先だろうが」
教会が禁忌だと主張して、それをほとんどの人間が信じている現状、機械が普及するのは当分先どころか到底無理なようにも感じられた。
「大体話したいことも話したし、ボクはそろそろ眠くなってきちゃったな」
レアルは小さく欠伸をする。
「俺は、もう少し鍛錬を続けるか」
「わかった、おやすみ、デルタ」
「ああ、おやすみ」
レアルの足音が遠ざかっていく中で、デルタは鍛錬を再開した。