この世界を表現した数式
さて、魔法の練習もしないとね。
練習場は、いつも使っている井戸の先にある。森の入り口のちょっと手前の荒地。
金髪おさげのビアンカと青髪おかっぱのフロウラの二人をそこまで連れていくと、わたしはさっそくファイアボールの魔法を唱えた。
「我が意受け 出でたる炎 先駆けよ。ファイアボール」
前に出した手の先から火の玉が飛び出す。まずはお手本を見せないとね。
詠唱はアオイ姉さんが使ってたものにした。
わたしの得意な詠唱だと、ぺちゃってしてるから、見た目が良く無いし。あれはあれで有用なんだけど、ね。
「さ、やってみて。」
二人にやらせてみる。うん、やっぱり発動しないね。わたしも苦労したっけ。
練習あるのみだね。
とは言っても、ある程度の魔法の知識は必要だから、これを機会に話しておこうか。
「そのままで聞いててね。そうそう、練習しながらでいいから。細かい話はまたあとで。とりあえずは、大体の部分を覚えてもらえれば、いいからね」
魔法はイメージが大事。だけど、世界の法則に逆らうようなイメージは、それを強引にねじ伏せる為に余分な魔力が必要になる。効率良く魔法を発動させるには、その法則って奴を理解しておかないといけない。
「4元素は知ってるかな?火・風・水・土の4つのこと。この世界はこの4つの要素の組み合わせで構成されてるってやつ」
火・水・木・金・土の5行という人もいるけど、わたしはアオイ姉さんが教えてくれた方で理解してるから、二人への説明もそれで進める。
「これに光と闇のふたつが加わります。聖・魔とか、陰・陽とか、プラスとマイナスとか、色んな表現をすることがあるけどね。この2つは、さっきの4つの要素の性質を決めるもので、それ自体が世界を構成する要素じゃないの」
光だけで世界は構成出来ないし、また、闇だけでも世界は成り立たない。
「大地の上には星々の世界があります。星々の世界は第五元素と呼ばれているエーテルで満ちています」
エーテルは星の素なんて言われてるけど、本当の所は分からない。
無い訳が無いのだから、すなわち、それはあるのだろうって、なんじゃそりゃ?
「さてさて、宇宙はエーテルで満たされているのだとすると、それだと釣り合いが取れないのでは?と考えた人がいました。釣り合いを取るためには、相反するものが無ければならないだろうってね」
世界は相反で出来ている。火に対して水があるように、風に対して土があるように。光と闇は総和で0となるのだから……
「ダークマター。無いのに在るもの。在るのに無いもの」
フロウラがそこで魔法の発動練習を中断して、訊ねてきた。
「第五元素については聞いたことがありますが、その話は初めてです」
へえ、エーテルについてはあるんだ?フロウラはやっぱり、お嬢様だったのかな?
それなりの知識階級でないと知らないことだって聞いたけど。
「4元素か5行か、についても説が分かれてるんだから、色々とあるんじゃない?エーテルすら無いって考えている人もいるらしいし」
でも、アオイ姉さんが言ってたことだから、わたしはそうだって信じてる。二人は半年くらいしか一緒に生活していないから良く分からないかもしれないけど、アオイ姉さんは魔法の天才なんだと思う。何となくだけど。
「それにね。実際の所、4元素でも5行でも魔法は発動するんだよ。どっちも世界の法則ってやつに、それなりに沿った考えって事なんだろうね」
「あ……それ不思議です。違う考えなのに、どっちもだなんて」
ビアンカもこれには疑問を持ったようだね。そうなんだよねえ、不思議だよねえ。
「多分どっちも合ってるけど、どっちも違うんだろうねえ」
―― いーい。世界を従わせるための理論武装なのよ!
アオイ姉さんはそんな事を言ってたっけ。
そういえば、姉さんは魔法でダークマターの剣なんてものを生成しようとしてたけど、成功したんだろうか?
「話を戻すよ。何も無い世界から、ダークマターとエーテルに満ちた宇宙が出来て、そこに火・水・土・風の4元素にて構成された世界が出来上がり、星々の影響を受けて、光の性質を帯びたり、闇の性質を帯びたりして、世界は循環をしています。ダークマター+エーテル+(火・水・土・風)×(光・闇)すなわち、0+1+(4×2)=9+0 これが宇宙を含めたこの世界を表現した数式となります」
つまり世界は0と9で成り立つ。
「あぁ……だから、ダークマターが必要なのですね?」
フロウラは算術スキルがあるから気付いたかな?
算術で使う10進数は0が必要。
0とは無いのに在るもの。在るのに無いもの。すなわちダークマター。
「だから何だ?知らなくても魔法は使えるぞ!って人もいるみたいけどね。でも、わたしは、魔法はイメージが大事って教えてもらってるからさ。イメージするためには、その土台となる知識も大事だと思うんだよ」
他にも、エーテル+火・水・土・風で5元素、それに光と闇の2つを足して7要素。この5と7が詠唱の定形となってるってシューヤも言ってたっけ。
「とりあえず、今日のお話がここまで。じゃあ、練習を続けよう。一旦、発動しちゃえば、その後はすんなり出来るようになるからね」
魔法のイメージは自分だけのモノじゃないって話は、また今度。まずは、発動できるようにならないと。それに、わたしはわたしで、ハナ姉からの宿題がある。
剣を振りながら魔法を唱えるんだっけ?それとも、魔法を詠唱しながら剣を振るんだっけ?
その後、しばらく練習を続けた。
二人はもう少しで魔法が発動しそうな気がするけど、日の暮れ前だから今日はここまで。
今日の夕飯当番はわたしだけど、森の近くに二人だけにしておく訳にもいかないから。
二人の様子を時々見てたんだけど、どっちかというと、ビアンカの方が早く発動出来そう。おさげちゃんの方が、おかっぱちゃんよりも実践派なのかもしれない。
一方、わたしの方は全然上手く行かなかった。手応えすら無いし。
うーん、これって難しくない?ハナ姉。