ハナ姉
今日はシューヤが帰ってくる日だからだろうか、アオイ姉さんの機嫌が良さそうな気がする。どうやら、わたしの爪は剥がされずに済むらしい。良いことだ。
「今日もわたしの一日が始まる!」
早朝の素振りでかいた汗を井戸の水で洗い流すことから、わたしの一日は始まる。
「アオイ姉さん、頭やって!」
まだ、魔法の使えないわたしには姉さんの温風が必要なのだ。別に乾くまで待ってもいいけど、この時期はまだ寒いから。
もう冬の時期は過ぎたらしいけど、ここタラム盆地は冬の間の冷気がこもり続けて、なかなか暖かくならない。
「はいはい。こっち来なさい。ムラサキ」
やっぱり、アオイ姉さんは機嫌がよさそう。
オンボロ小屋に入ると、アオイ姉さんの他に、ハナ姉もいた。ピンクのホワホワ頭が目印。
「今日の朝食当番はハナ姉?」
「そうよお?」
「今日も肉?」
「そうよお。まだ余っているもの。それに買い出しにも行ってないし」
流石に4日連続で肉はつらい。何とかならないものか。
あとでシューヤに何とかしてもらわなくては。
「ところで、ビアンカは?」
「まだ、寝ているわ。きっと、昨日の疲れが出たのね。このまま寝かせておきましょう?」
ふーん。まだ、慣れないのかな。まぁ、いいや。
「はい、終わり。あんたの髪は相変わらず、良く跳ねるわね」
アオイ姉さんはそういうと、わたしの髪を引っ張っては離して繰り返す。
姉さんみたいなストレートとかじゃないし、かといってハナ姉みたいなホワホワでもない。
わたしの髪はビヨーンって感じ。
一応、髪は毎日とかしてるんだけど。
「ほら、さっさと食べちゃいなさいなあ。わたくしもやることがあるのだし。」
ハナ姉に急かされると、わたしは肉を口に入れた。中々噛みちぎれないから、食べるだけで疲れる。
「シューヤは何時頃に戻るの?」
「昼過ぎだって……あんたもさっさと魔法を覚えなさい。この後、また練習だから」
「あら、そうなの?アオイちゃんは来年には学校に行くのだし、わたくしも再来年には、アオイちゃんの行く学校に通うことになっているのよお。さっさと覚えさせないと」
アオイ姉さんが王国の学校に行くことは昨日聞いたけど、ハナ姉も?
「魔法の練習も大事だけど、剣の練習もしましょうね、ムラサキちゃん」
「えっ……今でもやってるよ」
「ムラサキちゃん、弱っちいでしょ。アオイちゃんとわたくしが学校行ったら、どうするつもりなのかしら?」
そうなのだ。王国の学校は湖の向こう側にあって、だいぶ遠い。というか、そもそも厳密に言えば、ここは王国の支配地域じゃなかったりする。王国の人達は、このタラム盆地全部が自国の領土だって主張しているけど。
これは、昨日のお勉強で教えてもらった事なのだ。
「ハナ姉。わたしって弱いの?」
「そうねえ。いずれギルドのお仕事するのでしょう?じゃあ、その中で最も弱いわよ~」
そうなの?ハナ姉は髪の毛も頭の中もホワホワだけど、こういう事は確かだったりする。
どうしよう……冒険がわたしを待っているのに。
「冒険が困っちゃう!ハナ姉!今すぐ、特訓して!」
冒険を待たせる訳にはいかないのだ。
「ムラサキ……あんた、魔法の練習はサボる気なの?いい度胸しているわね。あんた、舐めた事言っていると……」
「ムラサキちゃん。剣も大事だけど、魔法も大事なのよ~。度胸はほどほどにね?」
あっ、ヤバっ。
「もちろん、魔法の練習の後の話だよ、アオイ姉さん」
「じゃあ、さっさと食べなさい。私は準備しているから」
広間を出ていくアオイ姉さんを何となしに見送ると、ハナ姉がホワホワな声でつぶやいてきた。
「ムラサキちゃん、今の判断は良かったわよ~。アオイちゃんは気が短いから~。そんな感じで何時でも、素早く判断しなさいな。剣を振る速さより、まずは判断の早さを身に着けないとね。どうしよう~何て考えている時間っていうのは意外と長いものよ~」
ハナ姉はホワホワだけど、意外と厳しい。逆に、怖いけど甘いのがアオイ姉さんだったりする。ハナ姉の言うことはちゃんと、聞いておかないといけない。
もちろんアオイ姉さんの言う事を聞かないという訳じゃないけど。
「ほら、さっさと食べないとね。アオイちゃんの準備が終わっちゃうぞ~」
ハナ姉に急かされて、わたしが食べ終わるのと同時に、アオイ姉さんが準備を終えて、広間に戻ってきた。うん、間に合った。結構ギリギリだったけど。
「じゃあ、行くわよ」
アオイ姉さんに連れられて、いつもの森の入り口にある練習場まで行くと、さっそく練習が始まる。昨日と同じファイアボールの魔法だ。
わたしは詠唱とともに、お馬さんのしっぽに火がついて慌てて駆けていく様子をイメージしてみる。
「まだまだね、ムラサキ。はい、もう一回」
何度か繰り返していると、体から何かが出ていきそうな感じがする。
でも、何かが足りないのか、途中で止まってしまっている感じ。
「ねえ、ムラサキ。今はどんなイメージで詠唱しているの?」
「うーんとね。お馬さんのしっぽに火がついて、それで、お馬さんが熱くて慌てて駆けていくって感じ?」
姉さんの表情が怖い。
今日は機嫌が良かったからギリギリな感じだけど、いつもなら危なかったかもしれない。
「ムラサキ、あんたねえ。まず馬をイメージして、それから炎をイメージして、それが馬の尾に火を付けて、熱いと馬が感じて、それから駆けだして……って何工程かけているのと思っているのよ!いーい、工程が多いほど、発動は大変なの!」
そんな事言っても、炎で馬が駆けだすイメージだって言ったのはアオイ姉さんだし。
「馬と炎じゃなくって、炎の馬よ!」
何その凶悪な魔物?この辺にいるの?
「あーもう。これで、どう? 我が魔素を 集めた火珠よ 弾け飛べ。ファイアボール」
小さい火の玉が出来たと思ったら、飛んで行った。けど前よりも何か、しょぼくね?
「さっきみたいに、どばぁって感じじゃないね?」
「仕方が無いでしょ。とりあえずは火起こしする感じでやってみなさい」
わたしは、もっと派手なのがいいんだけどな。でも、まずは出来そうなことをやってみよう。
そうして、何度か詠唱を繰り返すと、何か出来そうな気がしてきた。
「もう少しって感じね、ムラサキ」
魔力で何かを捏ね捏ねするイメージをすると、うまくいきそうな気がする。
こういうのって楽しいよね。捏ね捏ね、捏ね捏ね、捏ね捏ねこ。
「我が魔素を 捏ね捏ね火珠よ 弾け飛べ。ファイアボール」
あぁー。
何か吸い出されていく感じがすると、わたしの手の先から火の玉が飛びだした。
飛んで行った火の玉は、べちゃって感じで転がってる岩に当たった。
何か汚くない?
「ねばねばって感じね。なんて言ったらいいのかしら。まるで、火の泥ね。なかなか凶悪じゃない。あんたらしいと言えば、らしいけど」
ついついイメージに釣られて詠唱を間違えちゃったけど、出来たんだからいいでしょ。
それにわたしらしいってなにさ。
「へえ、魔法出来るようになったね。ムラサキ」
「えっ、お父さん!」
「誰がお父さんだ!ダーリンか、お兄ちゃんと呼びなさい!」
後ろからの声に振り替えると、シューヤが憮然とした表情をして立っていた。
あっついつい、お父さんって呼んじゃった。
でも、シューヤって、「お父さん」って感じなんだよなあ。