魔法の練習
わたしはムラサキ=カノ。8歳、らしい。
5歳より前の記憶が無いので3歳じゃないかと思うけど、ステータスという魔法で調べると、確かに8だというのだ。
その魔法なら記憶を失う前の名前も判るような気もするけど、それは出来ないんだって。
名前は記憶に連なるものだからダメとのこと。
魂と魄とで違うから……って、難しい話はまだ良く分からない。
アオイ姉さんの話は何時だって難しい。
「アオイ姉さんは青みがかったストレートな髪をしたとても美しい女の子だ。
頭脳明晰にして、魔法の天才。そして私にとてもやさしい素敵なお姉さんでもある」
そして、今、私の前に立っている。
「そんな事言っても、手加減しないから。ほら、行くわよ」
姉さんはわたしの腕をつかむとずんずんと歩いていく。だから、力が強いって。
わたしを引っ張っているのは、本当にあのやさしいアオイ姉さんだろうか。お腹でも壊したのだろうか。3日も同じ肉を食べるからこうなるのだ。
「3日も同じ肉を食べると女はヒステリーになるという……」
「あんたも同じもん食べているでしょ、いいからさっさとしなさい」
井戸の脇を抜けて更に進むと森の入り口が見えてくるが、少し手前は荒地のようになっている。
焼け焦げた草や穴ぼこだらけになった広場のようなところ。
わたしたちが魔法の練習場にしている場所だ。
「さあ、やるわよ。ムラサキ!まずは復習からしましょうか?魔法とは何?」
うーん。大雑把すぎない?ええっと……
「魔法とは、MPを使って空想を現実にするものです。MPとはステータスに表示される数値の
ことで何だかよく分からないけど、わたしたちの身体の中にある力のことです」
そうなんだよなあ。MPって何さ。ステータスに表示されるから存在しているって事は分るけど。
「じゃあ、魔法はどうやって使う?」
「呪文を唱える!」
「うーん。で、あんたはそれで魔法が発動した?」
「しない。だから不思議」
アオイ姉さんと同じようにやっているけど、何故かダメなんだよなあ。
「魔法を使うには、『レシピ』を用意します。次に材料となるMPを注ぎ込んで、魔力を使って組み立てていきます。完成すると現実のものとして魔法が完成します。分った?」
「うん。わかんない」
多分、アオイ姉さんの独自の解釈だと思う。
「いーい。レシピっていうのは、この場合は詠唱のことだけど。別に詠唱だけじゃなくても魔法は発動するの。魔法陣とかあるでしょ?あれも魔法なの。あの絵の部分がレシピなのよ」
「うーん。でも、魔力を使うって?」
「MPをうまくレシピどおりに注ぎ込むって感じかな」
「うん。わかんない」
余計に分からなくなってきた。アオイ姉さん言うことはいちいち難しい。
「そう……。じゃあ、もう実践あるのみね。じゃあ、ファイアボール、唱えてみて」
やっぱりそうなるか。小難しい話を聞いているよりマシなので、それはそれでいいけど。
わたしは手を前に出して詠唱を始める。
「焔王光よ、一切の群生を薙ぎ払え。ファイアボール」
詠唱を唱えたが何も出ない。手応えすらないもん。
「何よ、それ。ファイアボールって言ったでしょ?大体、あんた意味分かって唱えているの?」
何か恰好良さげだから真似をしてみたのだけど、やっぱりダメだったか。
「それ、どこで知ったのよ」
「うん。シューヤの魔法。どっかーっ、ががががって、大爆発!」
「危ないじゃないのよ!」
アオイ姉さんはカンカンに怒っている。どうせ、発動しないから大丈夫だって。
「基本的なのにしなさい。いーい。見てなさい。あんたは、こんな感じでいいのよ」
アオイ姉さんが手を前に掲げて詠唱を始める。
「我が意受け 出でたる炎 先駆けよ。ファイアボール」
ぐわぁって感じで火の玉が飛び出して行ったかと思うと、大きめの石にぶつかってどばっ、と火の粉が散った。うぁーすげーな、あんなのを受けたら、たまらないぞ。
うん、やってみたい。
「あのね、ムラサキ。自分が理解できない詠唱文は発動しないの!そこにMPが流れ込まないから。分る?」
うーん。それだと、さっきの姉さんの詠唱文も分からないから、あれだとダメじゃんよ。
「ねえ、アオイ姉さん。詠唱文って何でもいいの?」
毎日、良く分からない詠唱文を読んでいたわたしって……
「何でも良いって訳じゃないけど、別に無駄って訳でもないわよ。でも、水属性の詠唱文で火属性の魔法は発動しないし、属性に合った詠唱をしないとダメなの。魔法には『詠唱文の理解』が重要なのよ」
「じゃあ、じゃあ。こんなのでもいけるんじゃね? 炎よドバっと飛び出ろ。ファイアボール」
ぁ……ちょっと手応えあった。でもやっぱり何も出ない。
「それでも発動しない訳じゃないけどね。さっき『レシピ』の話をしたでしょ。大雑把なレシピだと、その分、強引に魔法を発動させるための魔力が必要なのよ。未熟なあなたではダメね。何よ、ドバっとって」
大雑把だけど……でも分かりやすいよね。むしろシンプルな方が良さそうな気がするけど。
何で、発動するような詠唱って、難しい言葉なんだろう?
疑問を口にすると、その辺はアオイ姉さんにも分からないらしい。
ログがどうたらこうたらって、そんな事を言われても分からない。
「いいから、さっきの詠唱にしなさい。イメージよ、イメージ。自分の意識が炎に乗り移って、
馬のように駆けだしていくって感じで唱えてみなさい。」
何で馬?まあいいけどさ。
わたしは、お馬さんのしっぽに火がついて、慌てて駆けていく様子をイメージしてみた。
「我が意受け 出でたる炎 先駆けよ。ファイアボール」
ぐにゅーと体から何かが引き出されるような感じがしたかと思うと、ぷすんと音がした。
おならみたいな音だけど、わたしにはそんな手応えが無い。姉さんかしら。
「アオイ姉さん……した?」
「あんた、舐めた事言っていると、爪を引き剥がすわよ」
ぁ……本当にやりそう。
その後、わたしはアオイ姉さんに言われるまま、何度も魔法を詠唱し続けた。
結局、発動まで行きつくことなく、この日の練習は終わったのだった。