女王蜂
ひときわ大きい蜂がクイーンだろう。
産卵中なのか、その後なのか、逃げる様子もなくじっとしている。
その周りを、護衛するようにロイヤルガードと思われる5匹の蜂が囲んでいた。
「見つけた! クイーン!」
わたしは視認すると、燃え落ちた蜂達を踏み越え、駆けだした。
よかった。逃げ出していたら、追いかけるのに一苦労だもの。
けど、じきに、散っていた兵士たちが集まってくる。時間は掛けられない。
―― カチカチカチ
女王の傍に侍るロイヤルガードの中から1匹が飛び出してきて正面を塞いでくるので、それに合わせるようにショートソードを突き当てる。
―― ジュッ
先程から魔法の炎に焼かれ続けていた為、ショートソードは刃渡りの半ばから赤づいている。
その高温を帯びた剣身に触れた途端、蜂から煙が上がり、そのまま焦げて落下した。これぞ、即席のヒートソード。
試す機会が無かったけど、うまくいったね。
でも握りの木の部分も焦げちゃったから、一旦、修理しないとダメだろうな。
それに握り続けていると、こっちも火傷しちゃうし。
もう、火傷しているかも。先から、手がジンジンと痛い。
―― ヴ~~~ン
残るロイヤルガードはクイーンを守るようにその場で羽ばたき続けている。
まとめて向かってくるものだと思ってたけど。
そう簡単には女王からは離れないか。
時間をかける程、蜂たちの方が有利なわけだし。
決定的な状況にならない限り、護衛が前に出てくる事はないよね。
「残りは4匹……」
わたしは握りにガタが来ているショートソードを、クイーンに向かって投げつけた。女王に向かっていく剣の射線上に、一匹が素早く割り込んでくる。
さっき、剣身に触れただけで焼かれていたのを見ていたんだろうね。
そう、この剣は危険だよ。
だから、見送る訳にはいかないよね。
―― ジュッ
女王の盾となって正面から剣を受けると、勇敢な護衛はそのまま落下した。
剣は突き刺さった状態で、そのまま蜂を焦がしていく。
焼き串に刺したカミキリソードの幼虫みたいで、おいしそう。
「残りは3匹……」
左右の腰に差しておいた短剣2本を両手にそれぞれ握る。
こっちから更に突っ込んで行こうとした所で、今度は蜂たちの方から仕掛けてきた。
3匹のうちの2匹が左右に分かれる。両側から挟み撃ちにするらしい。
左右から蜂の顎が迫ってくるので、両手の短剣でそれぞれ受ける。
刃が顎の中に食い込むが、切断は出来なかった。
―― ギッ… ギギッ……
両手が塞がると、前からもう一匹。
ここで出てくるか。
正面からの針での突き刺し。
顔に向かってくる針に身体を後ろに反らして躱すと、針から毒液みたいなものが噴き出してきた。
顔全体に毒液を浴びる。左右の蜂の顎に食い込んだままの短剣からは手放すと、わたしは思わずといった感じでしゃがみ込んだ。
必中必殺の一撃
って、やつなのかな。
でもね。
毒液を浴びせてもフェイスガード、ゴーグル、口面と完全防備のわたしには効かないんだよ。
毒液を浴びせる為に針を上に向けた蜂が見せた一瞬の隙。見えた道筋。
蜂の下をくぐり、両手を付いて転がり出る。
目指すは、煙。
先程投げつけた即席ヒートソードが蜂に刺さったまま突き立っている。
これに手を掛ける。
すぐさま後ろに向かって振りぬくと、勢いで刺さったままだった蜂が飛んでいく。
向かう先は追いかけてくる蜂たちだ。
これで僅かだが、時間が出来たはず。
少しでいい。それで足りる。
―― カチカチカチ……
ついにクイーンの前までたどり着いた。
顎を鳴らして威嚇してくる女王は他の蜂より倍も大きい。とは言っても、それでも1メートルくらいの大きさに過ぎない。
単なる大きさならわたしの方が上。
剣を突きの構えにして、突っ込んだ。
これで胴体に突っ込めば終わりだ。脚とかで庇っても、それごと突き刺してやる。
これでハナ姉の課題もクリアだ。延期は無し。
わたしは当初のとおり半年後にギルドに登録、冒険者としての第一歩を踏み出す。
冒険者 ムラサキ。
ふふん。悪くない響きだよね。
あと少し、もう少しで剣先が届く。
そう思った瞬間、急にクイーンの背後から飛び出してくる蜂がいた。
「っ、もう一匹!」
この大きさはロイヤルガードだ。最後の一匹が女王の後ろに隠れていた。
この期に及んで!
この瞬間まで!
この必勝の場面で!
剣はロイヤルガードの体深くまで突き刺さる。
突き抜けて勢いのままクイーンの腹にまで届くが、浅い。
護衛の蜂の体が止め金具の役割を果たして、剣先が少し刺さった所で止まってしまった。とてもじゃないが、これだと致命傷と言うには程遠い。
―― ヴ~~~ン
背後から追ってくる3匹の羽音。
追いつかれたら、剣一本では3匹同時に相手なんて出来ない。
一匹ずつ相手しても、その間に周囲の蜂も集まってくる。
それだと、やっぱり時間切れ。
とにかく早く仕留めないと。
そう思って剣を抜こうとすると、クイーンが口顎を閉じて挟み込んでくる。
手が挟まれないように、柄の根本から持ち手をずらす。
攻撃を外したはずの牙はそのまま、剣の柄の根本で固定された。
剣はがっちりと固定されて動かせそうにない。
そうか!コイツ!剣を引き抜かせない気だ。
時間が無い。
わたしは剣から手を放すと、横に回り込んで女王蜂の背中に乗りかかる。
左手で剣の柄を挟んだままのクイーンの牙を外側から掴んで、反対側は頭部の目のあたりの出っ張りに右手の指を掛ける。
「蜂って関節が弱そうだよね!骨とか無いだろうしさ!」
クイーンが暴れだす前に、渾身の力でもって蜂の頭部に横回りの力を加える。
ミシっとしたところで、女王の背を支点に体をひねるようにして更に全体重をかけると、ようやく蜂の首がちぎれる感触がする。
そのまま、ねじ切ったクイーンの頭を掴んだまま転がるようにして地面に落ちる。
すぐに体勢を立て直して視線を上げると、女王の首元から黄色い体液がどくどくと流れ出していた。腹に刺さっていたショートソードが無い。勢いでどこかに飛んで行ったかもしれない。
あれ、そこそこ高そうなのに。
「最後は強引だったけど、どうにかクイーンを仕留めることが出来たね」
ふと視線を女王から周囲に向けると、いつの間にか蜂の群れに囲まれている。
剣はどこかにいってしまった。
短剣も二本とも使い切った。
今、手にあるのは女王の頭。
「あぁ~、そうなるよね」
まだ、終わっていない。