ほむら
(飛んでるのは大きく見えるけど、0.5メートルくらいだからやっぱり地面に止まって
いると、あんまり大きくはないね)
わたしは軍隊蜂の群れの中を進んでいく。
蜂に感情なんてものがあるか分からないけど、想定外のことなのか蜂達は一瞬、どうして良いか分からないといった反応をしている。
ちょっと、お邪魔しますよ~。
―― (タンッ タタンッ タンッ)
ここで踊るようにクルリと一回転。ダンスいうターンってやつ。ハナ姉に時々相手をさせられるけど、何の役に立つんだろう?
そういえば、ビアンカってダンスが上手だよね……昔やってたのかな?
おっと、踏みそうになっちゃった。
ステップ、ステップっと。
―― (タタタンッ タンッ)
もう一回転。
別に楽しくなってきたから思わず踊っちゃった、という訳ではない。
右に曲がり左に曲がりして蜂の間を抜けていきながら、外套の上からまんべんなく振りかけた即効性の痺れ毒をこうして周囲に振り撒いていく。
―― (タンッ タタタタタッ)
回転する度に、ふわっと外套が舞う。
それと共に鱗粉のように毒粉がまき散らされる。
まるで毒蛾になったみたいだね。
飛散したそれは、蜂たちの動きを止める。
何せ、毒耐性スキル(Lv2)のわたしでも口に入るとヤバい代物だからね。
蜂に表情なんてあるのか分からないけど、中には表情が弛緩したように見える蜂もいる。
蜂って幻覚なんて見るんだっけ?
左右のアゴが広がって、間抜けな顔になってる。
―― (タンッ タタタンッ タタッタン)
さてさて、どこまで行けるかなっと。
クイーンがいると思われる一群まで、あと20メートル。
女王を取り囲んでいる蜂たちが視線を遮っているので、直接見ることはまだ出来ていない。
―― (タンッ タタ タタ タンッ タン タン)
どうする?突っ込む?
いやいや、もう少しいけるでしょ。いかないと。
いかないと、多分、届かない。届かなければ、そこでおわり。
ここで蜂達を蹴散らして、一気に勝負を決めようか?
そんな思いが浮き上がってくるが、どうにかそれを抑えこむ。
わたしは自分の心に言い聞かせる。
急がず慌てず、ゆっくりと。
気を抜かずに、じっくりと。
速度はゆるめず、油断はせずに。
後ろに怯えず、臆せず前に。
徐々に世界が透明な泥の中に沈んでいく。
歩みが遅く感じる。時々、こういう「時間が停止する」瞬間がある。
こうなると、僅かの時が長く感じる。
大丈夫。まだいける。進める。わたしは届く。
前へ。前へ。
行ける所まで。
届いた先の、更に先まで。
さあ、あと17メートル。
あぁ……あの一回り大きいのがロイヤルガードかな?
他の蜂より強そうな感じ。動きが違うというか、キビキビしているというか。
んっ?こっち見た?
―― カチカチ…… カチカチカチ……
っ、気付かれた!行く!走る!
これまでと違って一直線に進む。邪魔な蜂は押し分け、踏み分く。
異変に気付いて飛び立つ蜂も出てきた。
剣を振る分だけ体勢が傾くのを避けるため、正面に飛ぶ蜂にはそのまま接近する。
剣の鍔の部分で殴り付けて、叩き落とす。
蜂の群れに混乱が広がりつつある中、先ほど目が合ったような気がするロイヤルガードの一匹が行き先を塞ぐように正面に出てきた。
……女王の近衛兵か、どうくる?
―― 考えたらだめって言わなかったかしらあ
あっ、考えちゃった。ハナ姉の小言で気付く。
無意識に動きが止まっていた、その隙間を突くようにロイヤルガードが突進してきていた。
っく、そのまま顎から体当たりって!
反応が遅れてしまったけど、どうにか剣で受け止める。
ロイヤルガードに呼応して周囲の蜂達が左右に周り込んできた。続く攻撃を避けつつ、剣を振回して追撃を牽制する。止まれば前後左右から一斉攻撃される恐れがあるので、当てられずとも、剣先を動かし続けないといけない。
―― (タタタタタ タンッ タンッ タンッ )
しばらく背後を取られないように、体の向きを変えながら絶えず剣を振り続けると、外套から振り撒かれる毒のおかげで、何匹かの動きが鈍ってくる。
毒は効いてるけど……
―― (タンッ タンッタンッ タンッタンッ タンッ)
動きの鈍った蜂を何匹か切り伏せても、直ぐに次の蜂がやってくる。
包囲されたって感じだね。
このままでも、牽制するだけなら、何とかなるけど。
……進めるのは、ここまで。
蜂たちの攻撃をさばきながら、クイーンがいるだろう方向を予測。
わたしはそのまま、剣を振りながら魔法の詠唱に入る。
「奉ずるは (タンッ タタ)
無価の我が魔素 (タタタンッ)
乱舞せよ (タタタッタ)
バイオレント・フレイム」
―― ゴオオオオオオオオオオッ
詠唱の終わりに合わせて剣を持ったまま腕を前に突き出すと、発動した魔法によって剣身の半ばあたりから勢い良く炎が噴き出す。
眼前に迫ってきていた蜂が真っ先に焼かれ落ちる。続いてその背後にいた蜂達も炎に包まれていく。その中には先程、突進してきたロイヤルガードの1匹もいた。
「よし!」
思わず声が出る。こいつをここで倒しておいたのは大きい。
この先、背後に回られると厄介だからね。
―― ゴオオオオオオオオオオッ
しばらく魔法の効果が切れるまで、噴き出し続ける炎を左右に振って隈無く焼いていく。
「詠唱しながら剣を振れるようになる」っていうハナ姉からの宿題をちゃんとやっておいてよかった。これが無かったら、完全に詰んでいたね。
あと、シューヤから教えて貰った「かきつばた」も。
何、この威力。ヤバいでしょ。
炎の勢いに怯んだのか、集まってくる数より焼かれた数の方が上回ったのか、蜂達の包囲が崩れている。
覆われていた視界が開けた。
「見つけた! クイーン!」