軍隊蜂
ハナ姉に連れられて軍隊蜂の群れの前まで来た。
森が開けた所に多くの蜂が陣取っている。
うん。やっぱりでかいね。1匹、0.5メートルくらいあるかな。
休憩中なのか、今は隊列が移動している様子はない。飛んでいる蜂もいるけど、多くは羽を休めているみたい。
はあ……とうとう着いてしまった。
「ムラサキちゃんには、これからひとりで軍隊蜂を駆除してもらうわあ」
どうしてもやり遂げなくてはならない。
「出来なかったときは、半年後のギルドへの登録は延期にするわよお」
ハナ姉は言ったことは必ずやるもん。
「それから、わたくしがもうダメって思った時は、そこで終了なので注意してねえ」
延期すると言ったらするんだろうな。
「わたくしがハラハラするような事が無いようにしなさいな」
それに、半年後には登録出来るとは言っていないし。
「……ねえ。わたくしの話をちゃんと聞いているのかしらあ?」
そうなったら、わたしの冒険が遠ざかっちゃう。
―― グリグリグリ……ミシッ!
「んぁっ、あっ、痛たたた!ダメっ、それダメなやつ」
ミシって、今ミシって言ったよ。
「ねえ、ムラサキちゃん。ちゃんと、聞いて、いるの、かしら?」
「はい!はいはい!はい!聞いていますです。はい」
「本当かしら?ウソついてない?」
ウソではないです。聞こえていましたとも。意識をそちらに向けていなかっただけです。
ほら、ウソ付いている目じゃないでしょ?
ウソという訳ではないもの。聞いていたけど、そのまま聞き流していただけだもの。
「そ~お?……まあ、いいわ。それなら続きを話すわねえ。クイーンを仕留めなさい。手段は問わないわ。その後に残った蜂は別に放っておいてもいいわよ。ただし、クイーンに逃げられそうになった場合はわたくしが仕留めます。その場合は失敗とするわね」
「確実に駆除しろって事だね」
軍隊蜂には階級制度のようなものがある。
1つの群れの中でクイーンは1匹。これさえ倒せば群れは瓦解するけど、周囲にこれを守るロイヤルガードという役割の蜂がいる。群れの大きさにもよるけど、この群れなら6~8匹程度いると思う。
その下の階級には戦闘専門のソルジャーという蜂がいて、通常は40~60匹程度になる。
それ以外は労働担当のワーカーと呼ばれる蜂が群れの9割を占めている。ソルジャーはワーカーを監督する役割もあるから、通常は群れの中に散っていて、クイーンの傍にはいない。
そんな訳で、見た目は大群だけど短期決戦を仕掛ければ十分、勝負出来る。
素早く忍び寄ってロイヤルガードをかいくぐりつつ、クイーンを仕留めたら即離脱だ。
「そろそろ、いいかしら?隊列が止まっている間に仕掛けてちょうだいね」
「ちょっと待って、すぐ準備するから」
今日のわたしは完全装備だ。
いつもの朽葉色の外套を被った格好に、頭部はフェイスガードを付けた上で前に貰ったゴーグルを装備し、更には口面を装備して出来るだけ顔を覆った。牛皮革のロンググローブだから腕から手先までも大丈夫。
足も脛くらいの長さだから多分、平気。こういうのって半長靴って言うんだって。
―― いーい、ムラサキ。女の子の服装ってお金がかかるものなのよ。
アオイ姉さんもそう言ってたっけ。
武器もショートソードを手に1本に、予備として左右の腰に2本の短剣。
これだって結構な値がするらしい。
身に付けている物は、全部買って貰ったもの。だから、わたしはまだ雛なんだって。
―― 雛は雛のままでいると、いづれ死んでしまうのよお。
前にもハナ姉が言ってたことだ。
わたしは雛のままでいる訳にはいかない。嘴をとがらせ、爪を突きたてなければならない。
「ハナ姉。ちょっと、離れてて」
わたしは、使い捨て用の木製の小皿を取り出した。
そこに少量の水を入れ、そこに粉末状にした輝安鉱、金鳳花をすり潰して乾燥させたものを少しずつ混ぜ込んでいく。次にツノトカゲの毒液をペースト状にしたものを入れて、仕上げに毒キノコのツキヨノシズクタケを刻んだものをまぶして、最後に魔力を流し込む。
「謹製ムラサキパウダー、完成!」
毒物を組み合わせて試行錯誤を続けた結果、今の所はこの組み合わせが使い勝手がいい。
強すぎず、弱すぎず、即効性がありつつも数日で無毒化するという優れもの。
これを全身にまんべんなく振りかける。
「ハナ姉。吸い込むと身体が痺れたり、幻覚を見たりするから気を付けてね」
これを作る過程で、副産物として毒耐性スキルを手に入れている。わたしの不注意といえばそれまでだけど、毒ってのは口からだけじゃなく皮膚からも吸収されるみたい。かぶれたりする場合はすぐ分かるんだけど、中には一見無害なものもある。
準備は出来た。さて、行きますか。
クイーンはワーカーの倍の大きさがあるし、ロイヤルガードも一回り大きいから、居場所は大体、見当がつく。忍び足で行けるところまで近づいていこう。
気付かれるまでは、ゆっくりとね。気付いた時には、もう遅いけどね。