ハナ姉にボコボコにされた
冬まではまだ先だけど夏はもう通り過ぎたと実感する、そんな季節になった。
あれから半年が過ぎたことになる。
あれからというのは、ビアンカとフロウラが初めて魔法を発動出来た日のことだったり、わたしが特殊な魔法の詠唱方法を教えて貰った日のことだったり、剣の練習が更に厳しくなる切っ掛けとなった日のことだったりする。
「今日もわたしの一日が始まる!」
早朝の日課を終えて手早く水浴びを済ませたら、訓練場に向かう。
ハナ姉が木剣を持って立っていて、その周りにビアンカとフロウラが座り込んでいる。
わたしは適当に置いてある木剣の中から、ショートソードくらいの長さの木剣を手に取るといつものように、ハナ姉に切りかかった。
「今日も同じ手ねえ……まぁ、いいわよお」
待ち受けるハナ姉はわたしの剣を受けると、力任せに跳ね返す。力を横に逃がそうとすると体勢を崩しに来るだろうから、ここは逆らわずに、そのまま距離をとる。
今度は右側に回り込んで下から胴を狙うと、それを後ろに避けるハナ姉。わたしは切っ先の向きを変えて、今度は突きに切り替えた。
ハナ姉は半身になってそれを躱す。
ここまではいつも通り。
最近は同じ手順を繰り返すことで、ハナ姉がどのように受けるのかを観察してきた。
だから、この先の手も昨日と同じにする。
わたしの突きが延び切った所で木剣を上から叩き落としにくるだろうから、今日はここから受け方を変化させてみるのだ。向きを変えてそれを手首で受け流せば、がら空きとなった上半身に打ち込める。これなら、必勝だ。
ほら、きたっ!
「だ~~~め、ほらっ」
ハナ姉は半身を更に回転させると、下からわたしの木剣を跳ね上げた。
あれっ?……しまったっ!
―― カン
わたしの木剣が宙に舞う。
一瞬、目線がそちらに向かうとハナ姉が距離を詰めていた。
ひえっ。ハナ姉の横からの殴打をしゃがんで躱すと、今度は前蹴りが来る。腕でガードしても勢いを殺しきれず、後ろに転がる。すぐに体勢を立て直そうとするけど、横からの蹴りがそれをさせくれない。
蹴り飛ばされて転がるわたしの上からハナ姉の踏み付けがくる。
これを避けると、自分から転がって落とした木剣の元までたどり着く。
木剣に手を伸ばそうとしたとき、ふとハナ姉を見失っていたことに気が付く。
……あっ、ヤバっ。
直感だけを頼りに横に転がる。
―― ズンっ
多分、ハナ姉の飛び上がっての大上段からの振り下ろしだと思う。って、それダメなヤツだからっ。
結局、そのまま地面を転がされ続けた。
最後はハナ姉に馬乗りになられた所で、わたしが降参して取り組みが終わる。
「ムラサキちゃん。相手の出方を考えて剣を振っているでしょ?考えたらだめって言わなかったかしらあ」
そう言ったってさ。こう来たら、こう返すってあるじゃん?
「来なかったら、どうするのかしら?そもそも相手が何をしてくるのかが分かるの~。ねえ?わたくしが何をしてくるのかが分かるのかしら?」
いや、分からなかったけどさ。
「そうよねえ、ムラサキちゃんはこんなに弱いのにねえ。それに、分かったらどうにか出来るのかしら?ここ数日、同じ手を繰り返していたみたいだけど、それでわたくしを引っかけるつもりだったの?」
「引っかけることが出来たら、なんとかなるかな?って、思って……」
「それって本気なのかしら。ねえ?ムラサキは格上相手に駆け引きをしたの?分の悪い賭けをしろだなんて、アオイちゃんもシューヤくんも、誰も教えてはいないはずよねえ?」
何時になくハナ姉の小言が多い。
どうしよう?何か気に障ることをしただろうか?したんだろうな、きっと?
「もう……。ムラサキちゃんは、一旦休憩にしなさいな」
ハナ姉はそういうと木剣を、その辺の丸太に立てかける。
「ほら、ビアンカ、フロウラいつまでも座ってないで立ちなさい。立ったらすぐに剣を構える。ほら、剣無しでやってあげますから、もう少し何とかなさい」
二人の訓練が始まった。
ハナ姉が素手でビアンカとフロウラの剣を捌いている。時々「蹴り」とか「拳」とかいうハナ姉の声が聞こえると、その次には二人の内のどちらかが吹っ飛んでいた。立ち上がらないと踏みつけてくるから、なかなか休ませてくれない。
しばらくすると、「降参」とか「これで終わり」とか、特に申し合わせた訳じゃないのに、自然と取り組みが終わっていた。
「二対一なのに。素手なのに。事前に何が来るのか言ってあげているのに。それなのに、対処できないのねえ。ビアンカとフロウラは毎日の素振りの回数を増やしなさいな。……じゃあ、次はムラサキちゃんね、もう十分に休んだでしょ?」
「次はムラサキ……」まで聞いた所で、剣を掴み直していたわたしは、座り込むビアンカとフロウラの間を抜けると、素手のままのハナ姉に切りかかっていた。
別にわざわざハナ姉が剣を拾うまで待つ必要なんて無い。
避けるハナ姉にわたしが追い打ちをかけると、剣筋を逸らされてそのまま懐に入り込まれてしまった。腹を狙った拳の一撃を半身でしゃがみ込んで肘でどうにか防ぐ。重っ!
―― ガッ
ぐっ……頭突き?あたまがぐあんぐあんする。わたしは後ろに倒れ込むようにして回転すると、起き上がってすぐに横に木剣を振った。かすったような手応えを感じたけど、既にハナ姉は目の前にいなかった。
うーん、まだ目がグルグル回ってる。
「そうねえ。今のはなかなかいいわよ~。そうやって感じるままに身体を動かしなさいな」
いつの間にかハナ姉が木剣を手に持っていた。
「でも、安全になったと思ったら気を抜いちゃったわよねえ?多少のダメージは無視して、追いかけてきなさいなあ。何の為に素手になったわたくしに切りかかったのかしらあ?」
その後、わたしはハナ姉にボコボコにされた。
そして誰も立てなくなる。
しばらくするとハナ姉が「お昼ご飯よ~」と呼びに来た頃にようやく、体が動くようになった。あぁ……今日の当番はわたしだったのに。
わたしもビアンカもフロウラも出されたご飯を無言で食べる。
疲れて声も出したくない。
「この後の予定なのだけど、変更させてもらうわあ」
目線だけハナ姉に向ける。もう、首を動かすのも億劫。
「ムラサキちゃんには軍隊蜂を狩りに行ってもらうわあ。わたしくも後ろから付いて行ってあげるから、ひとりで駆除してみなさいな。出来なかったら、半年後のギルドへの登録は延期にすることになるわねえ」
なぬっ?
「何それっ、聞いてない!」
「言っていないもの~。今日の訓練の様子を見て決めたのだし~」
確かに全然、敵わなかったけどさあ。
だからって、登録の延期はないじゃんよ。
「それから、ビアンカとフロウラは丸太を打ち立てておくから、打ち込みをしてなさいな。帰ってきたらどのくらい削れているか見るから、ちゃんとやるのよお」
あ~あ、二人とも返事すら出来ないのかな?
確かに弱いね。ハナ姉から見たら、わたしも大して変わらないんだろうけどさ。
「準備しておくから、二人はゆっくり食べていていいわよお。ムラサキちゃんはお出掛けの準備をちゃんとしてなさいな」
軍隊蜂相手だと、確かに準備が必要だよね。はぁ~大変だなあ。
でも、登録の延期だけは避けないとね。