プロローグ
炎に包まれた家々が次々と膝を屈するように前にゆっくりと崩れていく。
「本当に良く燃えるよな……村ってのは」
朽葉色の外套をまとった男は、そうつぶやくと燃え盛る火の手をかいくぐるようにして、焼けた木々の匂いが鼻を突くのを気にせずに、その中を突き進んでいく。
やがて、村の中央付近に辿りついた頃、男はようやく人影らしきものを見つける。
「集めて一斉に、かな?」
後ろ手に縛られた人であったものが、一列に並んで仰向けに転がっていた。どれも既に事切れている様子は確かめるまでもない。吹き出たらしい血だまりの量がそれを示していた。
生臭い独特の鉄分の匂いが、焦げた木材の匂いに交じる。
――全く、どこの野盗だ?
比較的広い幅の道を選び、男は更に村の奥に進んでいく。
やがて丁字路にたどり着くと、また死体の山が築かれていた。
「これは、槍傷か?」
良く見ると、そこにあった死体群(?)には、確かに喉元を突いた形跡がある。
――槍を持った野盗がいてもおかしくはないが……それにしても、喉元を一撃か。
「野盗じゃ無いな。となると傭兵崩れか、あるいは……」
男はもうしばらく死体を調べると、丁字路を右に進む。
左右に分かれた道は常に右に進む。それが男のポリシーだった。特にゲン担ぎをしている訳ではないのだが、迷う時間が無駄と考えて、どちらでも構わない場合は常に右を選ぶようにしていた。
――あと2時間……いや1時間早ければ。
途中何度か焼け崩れた家に道を阻まれつつ、また、それを迂回しつつ、男は奥へ奥へと進んでいく。やがて、男の前に10数段ほどの階段が現れる。
それを上がっていくと、少し小高い所に、二階建てであろうと思われる家の跡があった。既に火は消えつつあり、燃えカスからわずかに煙が立ち上っている。どうやら最初に火を付けられたようだ。
――あれが恐らくこの集落の長の屋敷だろうか?ここから火を付けたとなると、いよいよ、だな。
男は周囲を見回す。
――全滅だろうが、まあ念の為。
「魂魄を響かせよ・我が意乗せたる・魔素の音よ。マジックソナー」
(ィイーーーーーーン)
男は唱えた呪文に対する反応が無いか耳を傾ける。
――やはりだめか……いや?
(…………ィン、インインイン)
よく見ると焼け落ちた屋敷の裏に小屋のようなものがあったようだ。もちろん、その小屋も燃え尽きていたが、手応えはその残骸の下から感じた。
――物置小屋?いや、これは氷室か!と……いうことは
「我が意の如く猛る風・形を持ちて押し通れ。マッシブバースト」
まるで見えない巨大な箒で掃いたように焼け焦げた木材が除かれていく。
男はその後も何度か同じ呪文を唱え、がれきを取り除いていった。
すると次第に床の部分に地下室に繋がっていると思われる扉が現れる。
「よっこいしょってな」
男は掛け声とともに扉を引き開けると中を覗きこんだ。薄暗い氷室の中の冷気がじわりと伝わってくる。
――反応は確かにあったのだが……
よく目を凝らして見てみると、そこには赤毛の子供がうつ伏せに倒れ込んでいた。