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Untitled  作者: 雁木夏和
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Untitled 01-005 take02

「竹内ー!竹内はおらんかー!」


 垣内の馬鹿でかい声が陣内に響き渡る。


「武者奉行殿は手勢を連れて、松前隊の援護に向かいました!」


 陣内に控えていた比較的、軽装の兵士が答える。


「しまった!そうであったな。まったく、軍師が本陣を離れて前線に出ていくなど、全くあやつも大馬鹿者よ!かかか!!」


 垣内はそう言いつつもたいそう上機嫌のようだ。


「まぁ、よい。ぬしの名はなんと申す?」


「俺の名前はーー」


 生への執着から焦ってしまい、俺に訪ねたものだと勘違いしてしまった。垣内はどうやら俺の隣に控える足軽のリーダーに問いかけたようで、遮られる。


「ぬしには聞いておらん。そしてぬしの名は決めてある。間抜けじゃ!お似合いじゃろう。かかか」


 もうしばらく黙っていよう。何が間抜けだ。その不愉快な笑い声のおまえこそ、間抜けという名が相応しいだろう。


「安井善吉の息子、泰盛と申します!」


 足軽のリーダー格の男。他の四人より少し年配の安井泰盛が答える。


「よし、泰盛。そちに、ちと頼みがある。戦況を左右する重大な任務ぞ、心してかかれ。この間抜けを竹内めのもとに連れゆき、こう伝えるのだ。間抜けな人の子が戦場に迷い込んだ。敵本陣まで連れていき、戦のなんたるかを見せてやれ、とな」


 今は死なない。今は死なないそのことだけが頭の中でいっぱいになる。しかし、待てよ。戦場の真っ只中を竹内殿とやらのところまで行き、さらに敵本陣まで竹内に同行せねばならないということは、死の危機から脱したとは言えないばかりか、緩やか自殺を命じられている気分だ。


 大役を受けたとみられる、泰盛は畏まりその命を承る。


「そうと決まれば、戦支度だ。誰か、この間抜けに装備を貸してやれ」


 すると周りにいる兵士達は動揺しているようで、そろって口閉する。


「なにを渋るか。どうせ我らは、この場所に囚われている。そしてこの陣に敵が攻め入ることもない。ざね!お前の鎧と刀を貸してやれ!」


 垣内にざねと呼ばれた側に控えた近習は嫌そうな顔をあからさまに見せて、自らの当世具足を外していく。その間に左之助が後ろで括られた縄を解く。


 垣内は俺に武器を持たせて戦わせる気なのだろうか。垣内は俺の力を過分に評価しているフシがある。俺の力を当てにしているのであれば、お互いに痛い目を見ることになる。


「……あの、すみません。俺には到底戦況を覆すような力があるとは思えないのです」


 なぜ、俺が申し訳ない気持ちにならないのだろうか。しかし、戦場に担ぎ出されないに、越したことはない。


「かかか。心配無用。ぬしの力には、はなから期待しておらん。我が軍勢だけで、十分に吉岡めを討ち取るに事足りん。ぬしには、ただ戦場にゆき我軍の勝利を、しかと目に焼き付ければ良いのだ。その後のことは、ぬしの好きにするが良い」


 ただ、付いて行くだけでいい。その言葉に救われた気がした。ただ付いて行くだけで、開放が約束されたのだ。


 謂わば、この足軽集とまだ見ぬ竹内という男、さらに垣内の手勢は、俺の開放のために戦うというようなものだ。俺はそれを後ろから眺めているだけでいいのだ。


「ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 自然と俺の口から垣内に対する感謝の言葉が出ていた。気づけば目からは涙も溢れるありさまだ。


 呆然としている俺に、ざねと呼ばれる男が呆れ顔を浮かべながら、胴やら袖やら次々と鎧をつけてくれる。年季が入っているに見えるが、防御力はさることながら、機動性にも長けているように見受けられる。


「刀は武士の魂だ。貴様に預けるということは、大変、不本意である。しかし、垣内殿が仰るので仕方なく貸すまでのこと。存外に扱うことは許さんぞ」


 そう言って自分の大小を、すっかりと衣服と具足に身を包んだ俺に差し出す。俺はそれをしっかりと受け取り、腰に差す。この男の言うとおり刀は武士の魂である。幼少のみぎりより魂鋼(たまはがね)と呼ばれる金属にに己の気を練り込み、元服の折に鍛冶師によって鍛え上げる折れることはない刀。


 自らの分身とも呼べる、そんな刀を突然現れた怪しい間抜けに貸すのは大変不本意だろう。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。しかしこいつには俺の生存のために存分に役立ってもらおう。


「刀の使い方は分かるな?」


 燻げにざねと呼ばれる男が問いかけてくる。


「……わかりません」


 この世界に関するあらゆる知識は有しているが、刀の使い方などは範疇外である。素直にそう答える。


「はぁ、気を込めて振るだけだ。術理など考えずてよい。だが、おまえはせいぜい、垣内殿の言った通り後ろに控えて見ていることだな」


 そういって、ざねと呼ばれる男が、自らの背中に手を回し何かを掴み、前に出す動作をするとその手には六尺ほどの槍が握られていた。納刀とも呼ばれる技術だ。この世界に来て初めて目の当たりにした。


 よくよく考えれば、足軽集から先程突き付けられていた槍も、彼らは装備していないように見えることから、この納刀と呼ばれる技術をつかいこなしているようだ。


「まぁ、待て。槍は俺が貸してやろう。何、ざねを困らせてやるのは俺の趣味でな。存分に奴のしかめっ面を十分に堪能したのでな」


 そう言って、垣内は立ち上がりながら、ざね同様にどこからともなく槍を取り出す。その動きは熟練の奇術師そのものだ。


「地響きを貸し与えるのですか。些か過剰ではありませんか?」


 地響きとは垣内が持っている槍のことだろう。足軽や他の兵士が持っているものと比べ、柄も刃渡りも長い。この大男のために作られたことは明らか一品である。


「なに、こやつがコレを使うのではない。こやつがコレに使われるのだ。かかか」


 そう言って、強引に地響きと呼ばれる長槍を垣内から手渡された。重い。加護を受け、人並み以上の力を持ってしても、充分に扱える気がしない。そればかりか、荷物になりかえって邪魔になるのではとすらと思えてきた。


「うむ、馬子にも衣装!その間抜け面を除けば、立派な武人見えよう。準備も充分整ったことだ、とっとと行ってこい。かかか」


 垣内にそう言われて、背中を叩かれ本陣を追い出される。終始ざねと呼ばれる男が呆れ顔をくずすことはなかった。

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