2話 ウエストロッドの役所
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
明るく元気よく旅館のスタッフに見送られる清々しい朝……。のはずが、二人はギスギスしていた。
「役所ってどこにあるんだ?」
「知らない、勝手に探していけば?」
「…………」
デジコが寝ている間に温泉に入ってさっぱりしていたら、その時彼女から身を案じて渡された魔法銃を、その場に居た泥棒に安易に盗まれ、旅館に多大な迷惑を掛けてしまった。
そのことは俺も悪いと思って反省しているのだが、その時の盗まれた魔法銃を使用した盗人が、生命力を根こそぎ失って廃人になってしまった。
銃の威力を確かめず使った反動で廃人になるリスクがあった事を知らずに渡したデジコにも非があるはずと俺も納得いかず強情を張っているわけだ。
「ま、そうだな。旅館の賠償に俺のお金は消えたわけだし? デジコとの付き合いももう無理して続ける必要もねぇか」
「は……? まだ全部払い終わってないんですけど? あんた逃げるき?」
「あ? 半分はデジコの責任だろうが、1千万ならちゃらだろ」
「あんた馬鹿ぁ? 計算もできないの? 1000の半分は500なの! あんたは私に50万端末代払ってたでしょうが、私が50万多く払っているの!! おわかり?」
「あ、そうか……」
旅館を破壊した賠償金に1000万要求され、支払ったのだが、最初のスマホ代を計算に入れ忘れ、とちったことを口走りそこを突っ込まれる。
「そうかって本気で言ってるの? すっごい馬鹿ね」
「あ? そこまで言うことねえだろ? 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよ!!」
「世紀の大魔術師のデジレ・シャトレーヌ様を馬鹿って言うの!! 頭きたわ!! もう顔も見たくない!!」
「あーこっちもだね! 生意気で傲慢なデジコ様より、お淑やかで可愛いちゅきについていくよ!!」
「あ? ちゅきなんてどこにいるのよ、居ない子の話ししないで」
「…………わたしはここにいますけど」
『いたのかよ……!!』
それは見事に美しくハモった。
湯気で消え掛かる存在感は、白い日差しの中でも消えかける。
旅館で見送られた時、一緒にチェックアウトしていたのだった。
「ずっといたのに……」とシュンとするちゅきだった。
どうやら、デジコとちゅきは顔見知りだったらしい。
いつまでも旅館前で喧嘩していると、見送りでいた旅館のスタッフさんに咳払いされ、結局追い払われるように俺たちは3人で旅館をあとにした。
「いやぁ、ちゅきとデジコは知り合いだったんだなぁ、世の中狭いな!」
「…………そうですね、同じ街に住んでいますしね」
「なんだ、ここデジコのホームだったのかよ、じゃあデジコの家に泊めてもらえばよかったな」
「あんたみたいな臭い奴を部屋に入れるわけ無いでしょ……」
「えぇ、風呂入ったぜ? もう臭くないだろ」
「風呂は旅館で入ったからでしょ、それに服にまだ匂い染み付いているのに、よく着替えもしないで入られるわね、どういう神経しているのかしら」
「あ、そっか、服も洗濯してないから臭いのか……って、そんなに服臭い?」
「……………」
ちゅきに向かって話しかけると、そそそ……と無言で離れて風上に逃げられる。
「く、くさいかぁ……」
「あはは……ちゅきって正直ね~。スギボウご愁傷様~」
その哀愁漂う姿をみて、ようやくデジコの顔に笑顔が戻った。
なんだかんだいって場が和んだところで、ちゅきは行き先が違うといい「……それでは」と手を降って別れた。
もしかしたら、ちゅきは喧嘩が仲直りするまで見守っていて、そのわだかまりが溶けた事で安心し去っていったのかもな。
お陰で二人で無事に役所近くまで来ることが出来た。
「そうだ、私、ちょっと買いたいものがあるから、2時間後、あそこの公園で落ち合いましょ。登録は順番に呼ばれるからあとは役員さんが使えるようにしてくれるからスギボウ一人で出来るわよね?」
「おう、それくらい俺でも出来るだろ、ついに俺にもステータス画面がつくのか……楽しみだぜ」
「いや……、それはjob職についてからよ?」
「まじか!」
2時間後、役所前の公園で待ち合わせすると言って、デジコを見送ったあと役所に入る。
そこは人でいっぱいであった、様々な用を足しにこの街に集まったのだろう。転出届や、保険などの手続き、元の世界さながらの様子に驚く。
個人用携帯端末の登録場所を、入り口近くに設置してあった案内図を見て確かめてから向かう。
「1階の……戸籍住民登録……と同じ場所でやるのか……、このまま真っ直ぐみたいだ」
戸籍登録かぁ、俺ももしかしたらそこから初めないとならないのでは? と嫌な予感をさせつつ、上部に吊り下げられた案内表示を見ながら登録場所に向かう。
ぼさっと行き先を確認していると、背中にふにゃりとした柔らかい物があたる。
「あ、ごめんなさいっ」
(むむっ、この感触は……!)
その背中の暖かく柔らかいモノを確かめるべく、反射的に振り返ると、激震が走る。
(な……なん……な……なん……なんじゃこのおっぱい美少女はぁぁぁぁぁ!!!!)
清楚な薄青ワンピースのスカート部分には群青色のリボンと、純白のフリル、袖部分には金色の刺繍が入った上品な服装から反則的に大きく突き出た二つの乳房に、腰まで伸びたウェーブがかった金髪が流れるように絡みついていたのだった。
小柄で幼さ残る顔とはアンバランスな程見事な身体のライン!
過去・現在すべてにおいて初めて見る極上のおっぱいがそこにあった!!
(し、信じられん……これは、俺が求めていた理想のおっぱいだ……)
おっぱいカウンターはEをさしている。
デジコ、ちゅきと立て続けに無い乳女の子(クソ失礼)と出会い、この世界には巨乳は存在しないのでは? と諦めかけていた俺には、彼女の存在は青天の霹靂である。
衣類の上からでも見れば解る巨乳だが、その少女の胸は大きさ云々でない、奇跡のような少女がそこにいた。
(俺にはわかる……彼女のおっぱいの形が究極に美しい事を……!!)
「……な……に? え? 泣いてる?」
「あ……なんでもな……いです……え?」
感動しすぎて涙まで出してたのか、俺、そこまでおっぱいに飢えてたとか泣けてくるぜ、いや泣いてたのか。
(ってか、この子、目もすごい綺麗だな……ってあれ?)
彼女の瞳は、強く美しい銀河の様な輝きをしていた。よく観察すると、双眸の色が僅かに違うことに気がつく、蒼と碧……と言った具合の一見違いがわからない程だったが、オッドアイというものを初めてみた、これは本物のファンタジーだよ、とても神秘的だ。
(やばい……おっぱい……いや全てが眩しすぎて目眩がしてきた……)
背も低く、顔こそ童顔だが、さり気ない仕草でさえ弾む成熟した大きく揺れる釣鐘型の胸、俺は気を失いかけていた。
「だ、大丈夫ですか……具合悪いなら、わたしのヒール……でよければかけます……けど……」
「え? ヒール!?」
煩悩でふらついているだけなのに……、何なのこの子。
まさに聖母の様な慈愛を向けられ、デジコと大喧嘩をし、ちゅきに無言で逃げられた後の俺の傷ついた心に、その優しさは――堪える!
“ヒール”という事は、どうやら彼女は聖職者のjobのようだな。
ヒールといえば、どんなゲームでも僧侶系キャラが使う回復魔法のあれだよな。
ここは、お言葉に甘えてヒールと言うものを掛けてもらう事にしよう。回復魔法の感覚というものがどんなものなのか、ゲームをしていたときから気になっていたのだ。
「あ……よかったら1回ヒールお願いします……」
「はい……ヒール」
「おお……これが、ヒールかぁ……」
俺の周りに薄っすらと若葉のような色の風が包み、癒され……る?
「ん? あれ?」
気のせいだろうか、何も変わらない気がする。どちらかと言うと、おっぱいを触らせてもらったほうが元気になれる気がする。なんて言えるわけないが。
「わたし、ヒールのレベル1なので、あまり回復しないですよね、もう少し続けて掛けますね」
「あ、な~る。あ……いやっ、回復した!! すごい元気になった!! ありがとっ!!」
俺がそう言うと、「そんなはずはない……」と彼女自身が気がついていて眉をひそめる。
考える仕草をしてちょっと動いただけで豊満な胸が揺れる、それを見れただけで「俺は十分回復したぜ」とカッコつけたキメ顔を見せるが、役所の職員が「次の方どうぞ」とタイミング悪く呼ぶと、彼女の番だったらしく、キメ顔は見てもらえなかった……。
「はぁ~……出生届ねぇ……」
彼女を対応した職員は、脂ぎった顔で太ってワイシャツがピチピチになっている親父だった、「俺の女神のおっぱいをやらしい目でみんじゃねえぞ」と睨みつける。と、同時に聞き慣れない言葉、「出生届」と聞こえたが……、まぁ、気のせいだろう。
「はぁ~……お母さん12歳? 若いねぇ~」
「え゛っ、お母゛さん? 12歳!?!?!?!?」
同時に思わず叫ぶくらいでかい声が漏れ驚く。周囲の人間が一斉に振り向く。
(目の前のおっぱいちゃんが人妻で、しかも12歳の少女……!?)
俺の頭の中が混沌と暗黒が支配した。
「おやぁ、旦那さんのとこ空欄だけど、どうしたのさ。もしかしていないの?」
「はい、いないです」
「いない!?」
再び驚きのあまり声が出てしまい、注目を集める。実際にはすでにこの親父がこの子にネチネチと嫌がらせのような質問をしていたため、十分な注目を受けていたのだが。
旦那さんがいないという事を聞けて、内心喜んでしまったが、空気は完全に悪くなっていた。
役所の親父は続ける。
「ふ~ん……あ、なるほど~、へ~……、たいへんだねぇ~旦那さん、わかんないんだぁ」
「いや、わからないんじゃなく……初めからいなくて……」
彼女は正直にただ答えているだけだが、職員は何か勝手に想像し、納得している様子だった。
大方、この子が遊んで不特定の男とヤッて、子を産んでしまい父親がわからないパターンだろ、と言いたげだ。
「クソ親父……こんなおっぱい女神様がそんな事するはずないだろ……」と怒りの感情が積もっていく。
「旦那さん居ないのに子供できちゃったってことぉ~……え~、しんじらんないなぁ~……子供手当て目的の偽装とかじゃないよね~」
「え……なんですかそれ?」
「最近多いんだよね、母子加算手当目当てであえて父親がいないことにする人がさ~、児童扶養手当とか保育所も優先されたり~……、片親は優遇されるからさぁ~……」
「そんなこと……考えたこともない……」
「え? ないの? ちゃんと勉強してきてねぇ~……、自分のことなんだから~……、それで子供守っていけるのぉ? 君自身も~親もいないみたいだけどさ~、あんたホント生活出来るの?」
「……できますけどッ!」
我慢の限界だった。
それは、彼女もそうだと思う、片親の苦労は、俺自身が母子家庭で育ったから痛いほど共感する。
しかし彼女は辛抱強く堪えている、このクソ親父の、度し難い、嫌がらせに……。身を震わせ、歯を食いしばっている……。
それは……、彼女が“母”だからだろう。ここでキレてしまっては、“子”の為にならないとわかって、傷付きながらも堪えているのだ。
それなのに、このクソ親父は踏み入っていく。
「あ、そう~……、とりあえず出生届は受け取ったから、もういいよ。じゃあ次の人~……」
出生届けを受け取ってもらえた……。彼女はそれだけで安心したのだろう。
これで済んだと、気が緩んだのだろう。だが、俺は見てしまった……振り返り擦れ違った時、それまで必死に堪えていたであろう涙が、溢れるところを……!!
「次の人ぉ~……? 聞こえませんか~お兄さん?」
「引いちゃ……ダメだっ!!!!」
その叫びは役所内に響き渡り周囲の人間がその音響の波に押されるほど巨大だった。
帰ろうとしていた少女も、そのまま何事かと脚を止め、俺の動向を見守り始めた。
「き、きみっ……いっ、一体なんだね……お、大声を出して……人を呼ぶぞ……」
怯える職員に、容赦なく詰めていき、デスクを力強く叩いて言った。
「おっさんよぉ~、この子の家庭の情報にずいぶん口出ししてたけどよぉ~、それって職権乱用なんじゃねぇのかぁ~?」
「な……なんだと……」
「おっさん名前なんていうんだ?」
年齢で見ればおそらく二人は親子以上の歳の差があるだろう、職員もガキになめられてたまるかといった態度で声を張り上げた。
「なっ、名乗る義務はないッ!」
その時俺の目は輝き、胸元に付いていたネームプレートを見つけ職員の名前を言い当てる。
おっぱい星人の悲しい性、男女問わずとりあえず胸元に目が行く癖が役に立ったぜ。
「そんなこと言って飯野和夫かな?」
「な……に……っなぜ、儂の名前を……」
職員の目が泳ぎだし、タイミングを見計らって胸に付けていたネームプレートを掴んでは捻り、引き上げる。
相手はそれなりの巨漢ではあるが、お構いなしに片腕で持ち上げると男の首が絞まり、額や耳の裏から脂汗が吹き出す。
「あんたの上司宛に名指しでクレームを飛ばされたくなければ、この子に謝りな!! 飯野さんよぉ~っっ!!!!」
大抵の役所の人間は、こう言えば保身の為に身を引く。
この子と指さされた少女が「わたしに?」と慌てる。
膠着状態で睨み合っていると、周りから他の職員も集まりだし、俺の思惑通り、男は折れた。
「わ……儂が悪かった……すまない……お嬢ちゃんを傷つけて……」
「え……ええ~っ!?」
訳もわからないうちに、先程の態度から一変して平謝りする男の姿に戸惑う少女。といってもお母さんらしいが。
本当は、殴りつけたい衝動に駆られたのだが、彼女の慎ましやかな態度に泥を塗らないよう、最低限の抵抗をみせたつもりだ。
その姿は、周囲の人間も見ていて、「お嬢ちゃん子育て頑張れよ!」とか、「お兄さんかっこよかったぞ!!」など声援と拍手が自然と沸き起こった。
だが、騒ぎを起こしたことには変わらず、警備員らしき戦士風の男が現れ俺は拘束されてしまった。
「ま、仕方ないか……」
と諦め掛けた俺に、鶴の一声がかかる。
「待って下さい、彼は悪くありません!」
「あっ……! 血鬼移さんだ!」
「ひ、ひぃぃ……」
「え…‥まじか」
その声の主は、首から下は普通のスーツ姿だが、顔は西欧の騎士風の兜をすっぽりフルフェイスで被っているという、一見すると誰よりも怪しいやつだった。
しかし、おっぱい少女……でなくお母さん少女は知っている人物なのか、表情が花咲くようにパッと明るくなった。
(な……コノ子のナンナンダヨコイツ……)
若干の嫉妬。
職員の飯野にとっても、その騎士兜の男は畏怖の対象の様で、登場してから異様に脂汗を垂らして震えている、高血圧でそのまま倒れるんじゃねーよ、おっさん……。
「すみません、うちの職員が迷惑をかけたようで、申し訳ありません……それと、姫奏さんを庇っていただき感謝いたします」
「お、おう……まぁ、俺もでしゃばって、注目集めちゃったみたいで……すまん」
見た目以上に物腰柔らかな丁寧な対応に、思わず照れくさくなり、頬をポリポリと掻く。
少女の名前は姫奏と言うらしい、おっぱいちゃんから修正作業、修正作業……姫奏ちゃんと。
血鬼移と呼ばれたこの男は、ここの役所のお偉いさんみたいだな。
「姫奏さんはもう全部手続き終わったのですか?」
「あ、あと児童手当とか、煌くんの保険も……かな?」
「次はこども課ですね、場所分かりますか? 案内しますよ」
「ふふ……」
二人の様子を見届け、「どうやら、もう大丈夫そうだ」と感じ、静かにその場を去る。
途中で彼女が気がついてお礼を言おうと周囲を見渡していたみたいだが、俺は無事に個人用携帯端末の登録を済ませ、既に役所を後にしていた。
次に二人が出会う日はまだ当分先の話となる。