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夜空の星に恋した花火  作者: 及川
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13/13

夏祭り

咲子おばさんは叫び声を聞いて慌てて台所に入ってきた。

必死の形相で塩見を抱き寄せる俺を確認し、血を見て一瞬怯んだものの、すぐさま塩見の傷を見に駆け寄った。

胸元が真っ赤になっている。

二の腕の内側からかなり血が流れているように見えるが、色々な所に血が付着し、暗がりの中、どこが傷口かよくわからない。

俺は持っていたハンカチを出しとりあえず上腕を縛った。

「ハルト君、痛い。」

泣きそうに顔をゆがめて、塩見が言うのが辛かった。

「ごめん、塩見…本当に…!少し我慢して。」

さらに傷口に布を押し当てて強く圧迫した。

母は傍らで呆然とその様子を眺めていた。

俺は…肝心なときに動けなかった…塩見に怪我をさせてしまった…。

すぐに病院に応援を呼び母を頼むと、身を挺して母を守った塩見と一緒に車に乗り込む。

苦痛に顔を歪める彼女の手を握った俺の手も血だらけだった。

どうしよう、俺のせいで塩見が…!

強く目をつぶった俺を、塩見が震える手で慰めるように何度も撫でていた。


新幹線のホームは相変わらずごった返していた。

白線の内側に下がるようにアナウンスが流れる。

「ハルちゃん元気でね。またいつでも来たらいいよ。」

咲子おばさんは俺に車内で食べるおやつなどを渡してくれながら寂しそうに言った。

「ありがとうございます。また来ます。」

「里佳子ちゃんもね、元気で。」

「はい!」

塩見は敬礼でもしそうな勢いで返事をするとにっこりと笑った。

腕に巻いた白い包帯が痛々しい。


あの日、車で塩見の手を握り必死な形相をしていた俺に、塩見は泣きそうな顔をしながら言ったのだ。

「大げさだよ、ハルトくん。死ぬこと以外は軽症だよって、誰かが言ってたよ?」

何言ってんだ!?こいつはこんな時に!!

それでも止血したタオルはどんどん赤く染まり、俺は青ざめた。

一時はどうなることかと思った塩見の怪我だったが、止血をしながら病院に着くころには出血もマシになっていた。

傷は腕だけだったが、傷は10センチ近くに渡り、とても大丈夫とは思えない。

それでも俺を心配させない配慮か、塩見はすぐさま病院を後にすることを切望した。

縫合処置をして化膿止めを処方してもらったが、予定通り天文部の合宿日時と合わせて自宅に帰ることはできなかった。

塩見は何が何でも帰る、と粘ったが、傷を負った塩見ともう一泊だけ咲子おばさんの家に泊めてもらい、父には友達の家で泊まってから帰る、と平謝りで連絡をした。


故意に刺したわけではない事もあるが、母は状態を見ながら病室を変わって経過を見ることとなった。

別れ際に会うことはかなわなかったが、きっとまた会えると思う。

根拠はない、感だ。


人ごみの新幹線に乗り込むとどっと疲れが出てきた。

初めは景色を見ていた塩見がコテンと頭を肩に載せてきた。

寝ているのかと思って覗き込むと、目は開いていて空を見つめている。

「眠い?」

「うん、けど乗り過ごしそうだから、寝ない。ハルトくんは?」

ぼんやりした声で聞いてくる。

「俺が起こすからいいよ。少し寝て。傷の痛みであまり寝てないだろう。」

俺は塩見の手をそっと握った。

「うん…ごめんね、おやすみ…。」

そういって塩見は目を閉じた。

俺たちの激動の2日間はこうして終わったのだ。


帰ってから3日ほど経った頃に、父に言われた。

「お母さん、ハルトに会えて喜んでいたか?」

危うく食べていた冷や茶漬けを吹き出すところだった。

いや、正確には鼻に入った。

その痛みをこらえつつ驚きを隠せないまま父に聞く。

「何で、それッ…ごほっ…。」

言葉にならない…。

父はちらりと俺を一瞥すると、ため息混じりに言った。

「咲子おばさんから電話があった。『うちに泊まってるから安心してくれ』と。顔ではにこやかにしてたかも知れんが、家出でもしたと思われたんだろう。心配していたぞ。まあ、星を見に出かけていると言っておいたがな。」

確かに、凄くきれいな星なら見えた…嘘はついてない!

てか、バレていたとは…、てか、離婚した妹の旦那とまだ連絡取れるとか予想外だし…。

そうか、帰宅が1日延びたのに、父が意外とすんなり引き下がったのはこうゆうことだったのか。

頭の中を思考がグルグル回る。

バレればもっと怒られると思っていた父が意外なことを口にした。

「父さんは何か変化が起きるのが怖かった。お母さんの様子は聞いていたし…。案の定、大変なことになっただろう。けど、心にはずっと残っていたんだ。会えて…良かったな…。母さんがお前を恨んでるわけじゃないことはわかってた。だから、余計に迷っていたよ。ハルトは流産して苦しんでた母さんと、父さんのところにやっと生まれて来てくれた念願の子供だったんだ。」

俺が驚いて父を見ていると、父が窓の外を向いたまま言った。

「ハルト、ありがとうな。」

その瞬間、何とも言えない気持ちが込み上げてきた。

父は父なりに葛藤していたのかもしれない。

男で一つで俺を守り、必死に育ててきたのだと。

照れくさかったのか、慌てたように時計を見るとカバンを掴んだ。

「朝一番 から会議があるんだ。いそいで出なきゃいけなかったのに、のんびりしてしまったな。ごめん、いってくる」

父は足早に出て行った。

一人のキッチンでゆっくりと食事をし、携帯に手を伸ばした。

そうだ、塩見を花火大会に誘おう。

なぜだかはわからないから、ふとそう思いついてメールを打った。


寺澤と塩見はもう来ていた。

俺が到着して間もなく鈴木さんもやってきた。

最近、高木のやつは病状が落ち着いてきたらしく、ワガママになって来たとか。

病状のせいなのか、鈴木さんに対してだけなのかわからないが、そんな高木の様子に鈴木さんも安心して出歩けるようになった。

誰のことが好きなのか、鈴木さんの本意は判らない。

けど、こうして誘えば来てくれる状態に寺澤は満足らしい。

「けど、珍しいね。初めてだよね、ハルトくんから誘ってくれたの。」

「そうだな。この間みたいなショボいやつじゃなくて、本物の花火が見たくなってさ。」

俺が言うと寺澤が振り向いてニヤリと笑った。

俺と塩見が二人で広島に行ったことは言っている。

ちゃっかりお土産もねだられた。

勝手に塩見と俺が濃厚な旅行を楽しんだと想像しているのかもしれない。

かなりの誤解なのだが…ま、それでもいいか。

「はーいはいはい、邪魔者は消えるから!俺らのことは気にしないでよ。」

自分もチャンスだと思ったんだろう、

「ゆりちゃんとりんご飴探してくるな!」

と、肩をだいて人混みに消えてしまった。

「俺らも焼き鳥でも食べるかー。って…?どした?」

残された塩見を見ると何だか緊張している。

薄紫の浴衣に、髪をアップに結い上げてかなり色っぽい。

耳の前に少しだけ垂らした巻髪が揺れていた。

「いや、うん、あの、行こうか!」

慌てて俺についてきた。

変なの…。

不思議に思いながら焼き鳥を食い、ヨーヨー釣りをした。

こうしていると、大阪を歩いたあの夜を思い出す。

食べ物を探して歩いているうちに時間になり花火が上がり始めた。

「きれー!!!」

塩見は叫びながら無邪気な笑顔を見せる。

そんな塩見を眺めていた俺の方を向いて、彼女が不思議そうに聞いた。

「なに?どうしたの?」

「いや、塩見が元気なかったからさ、どうしたのかと思ってたんだけど。相変わらず元気だから気のせいだったな、って。」

「別に…元気なかったって言うか…。前、私にあんなことしようとしたから、ちょっと緊張してたっていうか…。」

もじもじしながら塩見が浴衣の裾をもてあそぶ。

「あんなこと…?」

俺がぽかんとしていると塩見が言った。

「もしかして忘れてる?…ま、まぁ、そうだよね。」

言って塩見がクルリと向こうを向いてしまった。

風を待って花火の煙を消すための間が、妙に静かでソワソワしてくる。

俺がふざけて塩見にムードたっぷりで迫った事をいっているんだ。

「あ、覚えてるよ…。ごめん。俺どうかしてた。けど、塩見も悪いんだぜ?俺の事からかってばかりで、ちょっとくらい仕返ししたくもなるよな。」

笑っていると塩見は背中を向けたままでぽつりと言った。

「そ…そうだよね。別に付き合ってるわけでもないし。ハルト君からしたら、全然大したことじゃないよね。…ハルト君…私しっかり考えてみたんだけど、やっぱりハルト君とはうまく行きそうにないや。」

すっと、辺りの温度が下がった気がした。

俺は動きを止めて塩見を見た。

「何が?」

「私、何か変。ハルト君といるとしんどいよ。一緒にいるとすごく楽しいけど、すごくしんどくて気持ちがうろうろして、自分じゃないみたい。こんな私、知らない。今まで一緒にいた男の子たちとはそんなこと考えたこともなかったのに、ハルト君、なに考えてるかわからないし。もう、休みの間中気になって…けど、会うとしんどくて…会わない方がいいと思う。」

え…、なんでそういう結論に落ち着くんだ。

「というかさ、かなり矛盾してないか?映画館で俺に迫った奔放な塩見はどこ行ったんだよ。どこに引っかかってる?」

俺が聞くともどかしそうに眼を強くつぶって塩見が絞り出すように言った。

「そう、私、支離滅裂…分かってる、けどハルト君といると、どんどん自分がわからなくなるの。ハルト君にはおふざけでも私の方はどんどん違ってて…温度差があるとおもう。今は、ハルト君が遠くて…。キスすら怖いなんて…何かが変わっちゃいそうで…。出来ない…。」

こんな事を言うときの塩見は、以前なら俺の目を見据えてとらえたように、射るように自分の気持ちを伝えたはずだ。

その塩見が下を見ながら、自信なさげに着物の裾をいじりながらぼそぼそと話す。

それって…。

人々が楽しそうに通り過ぎていく道のわきで、二人だけ葬式に参列したような表情で向かい合った。

「俺と離れたら、楽になるんだ?」

「と…思う。」

「じゃあ、もう会わない方がいい?」

「う…ん。」

相変わらず塩見は目を伏せたまま自信なさげにつぶやいた。

「俺はそうは思わない。」

言うと塩見ははっとしたように顔を上げた。

瞬間、俺は塩見を抱きしめた。

驚いた彼女が声を発する間もなく、俺は体を屈めて塩見の唇にそっと唇を重ねた。

温かい唇の感触と息遣い。

直前まで見開かれた、塩見の大きな瞳。

周りの雑踏は気にならなかった。

唇が離れると、俺は塩見を抱きしめて耳元で言った。

「ほかの男と付き合っても自分を貫いてきた塩見が、今こうして俺とするキスにこんなに動揺してくれてる。お前は俺に知らない世界をたくさん見せてくれた。俺もお前が知らないお前を沢山見せてやるから…だから怖がるなよ。これからお前は俺といろんな経験をする。一緒に前に進むんだ。」

言葉を発しないまま、泣きそうな顔をした塩見を真正面から見て言った。

「大丈夫、二人なら、きっとすごく楽しいはずだ。今だって、もう過去なんだろう?大切に進もう。」

「ハルトくん…。」

塩見がつぶやいた瞬間、時が止まっていたかのように静かだった夜空に花火の大輪が咲いた。

人々の歓声に俺たちも夜空を見上げる。

「あぁ、…綺麗だな。」

思わず感嘆の声が漏れた。

次々と上がる花火に見入り、俺たちはいつまでも離れずに空を仰いだ。

花火の光に照らされ、美しい横顔を俺に見せたまま塩見が言った。

「ねぇ、私、ハルト君に言ってないことがあるの。」

「え、まだあるの…?」

毎回こう切り出されると、若干ぎくりとする。

「私、私ね、ハルト君と同じ高校に行って、同じ大学に行きたいの。」

「なんだ、中高一貫なんだから高校は絶対一緒じゃないか。そんなこと…、って、俺の大学の志望校なんて知らないよな。」

またこいつは適当な事ばかり言う。

「うん、けど、どうせレベル高いんでしょ?もっともっと頑張って、死ぬ気で勉強する。映画館で逃げ帰られちゃったあの日に思ったの。私には絶対必要な人なんだ、って。この人についていこうとすることが、私にとって最高の生き方をするための糸口なんだ、って。」

「相変わらず、塩見は突飛すぎる。なんでそうなるんだよ。脈絡がない。」

「私だって知らないよ、けど、私の感はあたるんだから!私を変えてくれるのはハルト君なんだよ。」

言って塩見は俺に抱き着くと、背伸びをしてキスをした。

さすがに恥ずかしくなって、塩見を押しのけると足早に歩きだした。

「な…なに、どうして逃げるの~!さっきは平気だったじゃない!まって、ハルト君!!」

「さっきと今じゃ、ニュアンスが違うんだよ!」

「なによ、それ!」

じゃれつきながら手を繋いでくる塩見を軽く睨みながらも、笑いをこらえ切れなかった。

俺が星空なら、塩見は自由に奔放に夜空ではじける花火だ。

暗い夜空を照らし、一瞬にして華やかに彩ってしまう。


この夏、塩見とまだまだ祭りにも行こう、海にだって。

そうして秋が来て、寒いクリスマスを過ごして、お正月の挨拶をして…。

そして春が来たら、また季節は巡って熱い夏になる。

これからは、今までしたことのないような新しい、二人の季節が広がっている。

リンゴ飴を舐めながら、驚いたようにこちらを指さす寺澤達にかけよりながら、俺たちはいつまでも、固く手を繋いでいた。

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