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夜空の星に恋した花火  作者: 及川
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平和を愛する中学生

物心ついたときから女の人がとても不思議な存在だった。

その不思議な物に触れたいような、逃げ出したいような複雑な気持ちを長い間持ち続けていた。

ごく普通の平凡な毎日を送っていた。

いつ頃からか「人生なんてこんなもんだろうな」と達観してからはルーチンワークのように日常が過ぎてゆくようになった、中学3年生広瀬ハルト15歳。

勉強して、友達と遊んで、そう、どこにでもいる平凡な人間…俺にとって平凡に生きていけるのは大事なことだったからだ。


俺の通う学校は割と偏差値が高く、それなりにお堅い家庭で育ってきた奴らが多い。

我が家は裕福ではないが、一応例外に漏れず、自分で言うのもあれだが、真面目だ。

要領よく遊ぶやつは遊べばいい。

その点俺は不器用と言うか、あまり人に興味がないのかもしれないし、あえて敷かれたレールに乗ってしまいたいタイプである。

たとえば、同級生から暗いと言われようとなんと言われようと俺は一人で映画を見に行くのが好きだった 。

マイペースな趣味が一番癒やされる。

けれど、そんなごく普通の俺の日常が、徐々に乱されてゆくとは思いもよらず…。


今年の夏は暑い。

体育館にクーラーが付いたとは言え、授業でバスケットボールをさせられていた俺たちはその暑さに辟易していた。

うちの学校は昔から中高一貫校だったが、数年前まで男子校だったため、その名残か体育などの授業は未だ、無駄にハードなことが多い。

この日も体育館で一人倒れた。

男子が…。

どうせ女子の前で恰好つけ過ぎようとして 張り切りすぎただけだろう。

そばにいた成り行き上そいつを保健室に連れて行くことになったのだが、 何でよりによって男を保健室に運ばなきゃならないのか…。

毒づきながら保健室で先生を待つ間、何気なく窓の外を見ていた

校庭は目が開けていられないほどの乱反射で白く見える。

校庭に飢えられた木にとまる蝉の声が窓を震わせるようだ。

ベッドに寝転んだお調子者をうちわで扇ぎながら自分の 汗を拭きつつクーラーにあたっていると、窓の外で何かが動くのが見えた

茂みが揺れている

目を凝らしているとそれが人であったことに気づく

げ…リア充だ。

どうやら校庭での体育をサボっていちゃついているらしい

上着の赤いラインが入った体操服がチラチラと木陰からのぞいている。

男もしつこいようで、腕を引っ張って木陰に引き込んでいるのが見えるからキモい。

どこぞのお嬢様とお坊っちゃんが昼間からいちゃついているわけだ…。

どうせ自分とは縁がないなら関わりたくもない、と目を逸らそうと思ったのに、無意識に凝視していたらしい。

男の手を振りほどいて、急に茂みから体を出した女と目があってしまった。

ボブカットの素直そうな髪が乱れて頬にかかる。

一瞬だったにもかかわらず、瞬時に目に入った情報を脳が分析してゆく。

目の奇麗な子だと思ったし、スタイルもいい、体に張り付いた体操服がそのラインを際立たせた。

刹那、俺と目が合うと凍りついたように表情を殺して身を翻した。

慌てて室内に目を戻したが、自分の中に嫌悪感に近い感情が心の中に浮ぶのを抑えられなかった。

しかも何だ…何なんだ…俺、のぞき!?的な感じで見られた…?

同じ赤ラインの入った体操服を着た男が茂みから出て、俺には目もくれず女の後を追った。

赤ラインだから、同じ学年だが、クラスが多いので顔も知らない奴らだ。

その時扉が開いて保健室の奥村先生が飛び込んできて、心臓が跳ね上がる。

「ごめんね、遅くなって!」

少し茶色の髪を耳の下で纏めて胸元に垂らしている。

そうだよな…俺的にはこちらの方がよほどピンとくる。

何がって、女として、だ。

恋愛経験もないし平和に毎日を過ごすことをモットーとしている俺だが、この彼女に関しては波風が立つことが起こってもいいな、と思うのだ。

年の割には幼く見えるのは瞳がつぶらで比較的丸顔だからだろう。

20代前半だったと思うが、発情期で盛りの付いたメス猫よりよほどいい。

「広瀬くん、ごめん、これ飲ませてあげて」

先生から事務的に経口保水液を渡された。

受取際に先生と指先が触れるだけで密かに動揺する自分がいる。

「高木、起きてる?おい。」

高木正志は俺の呼びかけに気だるげに目を開けてペットボトルを受け取る。

「何だ起きてんじゃん。嘘かよ。」

呆れた俺に高木が反論する

「俺はこう見えて虚弱なんだ。別に演技で立てなくなったわけじゃねーし。」

経口補水液を飲み終えた高木に先生が体温計を渡す

「 はい、熱はかってちょうだい」

一通り熱中症の対応をしてから先生が机に向かった。

「高木くん、最近ふらつき多いわね。病院には?」

「 行きました。だけど成長期だからこういうこともあるって先生が」

「確かにそうだけど…。地面が回るような感じは?」

「あ、それはないんで…」

言いながら体温計を脇に挟んだ高木のおでこに先生が手のひらで触れる。

あ、ちょっとうらやましい。

役得に思えて、急に高木が憎たらしくなってきた。

俺は椅子から立ち上がった。

「 先生俺はこれで。」

「あ、ごめんね、広瀬くんありがとう」

先生は俺に向かって 申し訳なさそうに視線を送ると高木に向き直った。

本当、仕事の好きな先生だ。

高木なんて大丈夫なんだから、どうせ。

教室に戻ると長い髪を揺らして一人の噂好き女子が飛んできた

「 高木君大丈夫だった?また熱中症?」

「そうみたい。」

俺が答えたそばから誰かがチャチャを入れる。

「高木の奴、奥村先生目当てなんじゃねーの?」

笑いが起きる。

笑うところか?大いにありえるだろ、俺的には、だけど。

納得の行かない俺の表情を見て不謹慎だと思ったのか、女子が慌てて付け加えた。

「けど、大丈夫ならよかったね。熱中症もひどいと大変なことになるし…」

「おーい、広瀬?!」

呼ばれて顔を上げると戸口に隣のクラスの寺澤駿が立っていた。


「由里子ちゃんかわいいよな?。」

食堂で、次のターゲットらしき女の子の名前をつぶやきながら寺澤が鶏の唐揚げを口に放り込んだ。

「また新しい女の子の話?…いや、犠牲者の話か。」

「し…失礼な!俺をなんだとおもってるんだよ」

女子はこんなことばかり吐いている寺澤を知らないから、結構騙される。

勉強も運動も上位だし、顔もいいが、少し変わっている。

出会いは3年前。

食堂で必ず手を合わせ、律儀に「いただきます」と声に出してから食事を始める変なやつ…。

些細な行動が目についたのは寺澤がイケメンで、そのギャップから日々目立っていたのが原因だ。

そんなある日教室の出入り口で寺澤とぶつかり、持っていた教科書を落としてしまった。

勢い余ってその教科書を踏んでしまった俺に寺澤が行った言葉は

「おい、本を踏んだら、頭が悪くなるんだぞ。」

はあ?本は本だろ、頭は関係ない。

突然の真剣な眼差しに大笑いしてしまった。

聞けば寺澤は極度のおばあちゃん子で、小さな頃から「物には魂が宿っていてね…」などと言われながら育てられたらしい。

大切なことではあるが、祖母や祖父との触れ合いなどなかった俺からしたらカルチャーショックだった。

それが新鮮で一緒にいるようになり、気がつけば3年が過ぎていた。

真面目か不真面目か今だ判らない、彼女が次々に変わる寺澤と違って俺はなかなか踏み出せないでいた。

二人でいると目立つからか、俺も寺澤と同じように手紙を貰ったり告白されていたと思う。

けど、なぜだろう未だ一度も付き合う気にならないのは…。

「…って、聞いてるか?!」

寺澤の声で我に返る。

そうだ、寺澤と昼飯中だった。

「ごめん、なんだって?」

「だから?、今度合コンカラオケ一緒に行かねー?」

一度頭を大きく開いて、その女の子だらけの脳内を女子どもに見せてやりたいものだ。

「休みの日まで賑やかしい女子の声を聞きたいとは思わないから、俺はいいよ」

「言うと思った。お前はホント奥村先生一筋だな。」

寺澤の声が意外と大きくて焦った。

数人の女子が振り返った気配がする。

「そんなんじゃねーし。いいな、って言っただけじゃん。」

聞かれたらと思うと内心穏やかではなかったが、あえて冷静なふりをしてみるところは、思春期まっただなかの悲しさだ。

「お前みたいに女に興味ないやつが言うならかなりマジってことだろ。」

返事を返さずに箸を動かしていると寺澤が声のトーンを変えて言った。

「奥村先生男いるらしいぞ。それも年上の。」

不本意ながらも箸が止まる。

「前の彼女が言ってた。スーツの男と歩いてたって。だからさ、一回だけ来てみろって。」

「…わかった。取り敢えず顔出すし。」

断るのに疲れてそう言うと一転して笑顔になった寺澤が手を叩いた。

「やった。実はその由里子ちゃんともう一人が来る予定なんだ。連れにもイケメン連れてくる約束したから誰でもいいとはいかなくてさ。」

また、適当な約束を取り付けたもんだ。

「気に入らなかったら帰ってくれてもいいから、取り敢えず日曜日な。」

しかし、その言葉通り俺は待ち合わせ場所に着いて数分で帰宅を考えることになる。

寺澤が狙っているという由里子という女子の隣に立っていたのは高木を運んだ保健室から見たメス猫だったのだ。

「発情期のメス猫…」

思わずつぶやいた言葉はどうやら地獄耳らしい彼女にしっかり届いた。

ギロリと睨まれて思わず目をそらした。

こ…こえー…。

二重で切れ長の目で睨まれるのはなかなかすくみ上がるものがある。

とにかくファーストインプレッションは最悪だ。

「鈴木由里子ちゃんと塩見里佳子ちゃん。こいつは広瀬はると。」

軽く頭を下げて挨拶。

窓から眺めた発情期のメス猫…いや、ボブカットの彼女は塩見里佳子と言うらしい。

しかし…寺澤は鈴木さん狙いだろ?俺はなんのためにいる?

俺の存在理由は!?

塩見の鋭い視線を浴びながら訳がわからなかったが、取り敢えず寺澤のメンツを潰したくなくて数時間を過ごした。

針の筵って、現代にも存在するんだな…と痛感。

カラオケでひとしきり歌い、場所を移してファミレスに向かった頃はあたりが暗くなってきていた。

寺澤と鈴木さんは気が合いそうだし、はたから見ていてもお似合いかもしれない。

だからと言って自分も彼女がほしいとは思わなかった。

そう、正面に座った塩見里佳子の鋭い視線の前では…。

女、こえー…。

「なによっ」

塩見が俺を見上げてここぞとばかりに喧嘩を売ってくる。

席の関係上、二人席に座ることになった塩見と俺との雰囲気は最悪だった。

「…なんだよ…。てか、なんでずっと怒ってんだよ。」

「あの日、窓から見てたでしょ。…けど、私は好きであんな男といたんじゃない。それだけは言いたくて!」

「は…はぁ!?」

あの日の事、自分から蒸し返しちゃうんだ…。

言い訳などどうでも良かったが、頷いて真摯に聞いているふりをする。

眉毛を釣り上げて怒りオーラを放つ彼女と対峙することになったこの場ではこの対応が一番得策ではないかと思われたからだ。

もう、蛇に睨まれたカエル状態だ…。

「最後にどうしても話がしたいって言うから時間作っただけで…」

あんな状態で(体育授業中に木陰で?)時間作ったとかいう?てか、元彼かよ。

口に出さずにただただ頷いた。

「そう言う自分勝手なところが嫌で別れたのに、最後までそうで…。男って本当に勝手…。」

「…じゃあ別れてよかったじゃん。結果オーライで考えとけばいい。」

「そうだけどね…」

気づけば、不本意ながらも塩見の愚痴で俺の貴重な休みが消費されてゆく。

思いの丈をぶつけ、ひとしきり愚痴った塩見は妙にスッキリした顔になり、最後には女子二人はご機嫌で手を振って去っていった。

俺は…疲れた…。

同じように手を振った寺澤が隣で言った。

「広瀬っていつもこうだよな。結果、周りとうまく折り合えるもんな。」

「は?なんで。おまえは空気を全く読めない男だったのか?俺たちとの間に流れていた氷が張りそうな冷気が読めなかったのか?」

俺は呆れて聞いた。

「何があったか知らないけど、初め機嫌悪かった里佳子ちゃんと楽しそうにしてたしな。」

いや、俺が怯えてご機嫌を取っていただけだ。

お前には狼の前に座らされた子鹿の気持ちがわからんか。

「俺はその点色々頑固な所あるから駄目だわ。」

「鈴木さんとはうまく行きそうじゃん。」

「んー、そうだな。初めはいいな、って思うんだよね、毎回。その点、お前は硬いけど、こうと決めたら続きそうだよな、俺と違って。…そんな日が来るのかな?。」

言いながら寺澤は背伸びを一つしてから踵を返した。

そんな日が来るのか、俺が一番知りたい。

女子二人が消えていった改札を眺めながらぼんやりと考えていた。


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