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トンボと彼女  作者: 西南学院大学 文芸部員
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トンボと彼女3

第三筆者:みやび

 図書館から帰宅するなり部屋に直行した俺は、米澤穂信のボトルネックを広げて机に向かっていた。

 今日は落ち着いて読書もできなかった。

 原因はもちろん、有川伊織である。その分、今夜はゆっくりと読書を満喫するはずだった。はずだったのだが。

「あぁ、もう! まったく集中できねぇ!」

 本を広げたはいいものの、内容がまったくと言っていいほど頭に入ってこない。

 代わりに脳裏をよぎるのは「んなははははっ」という耳障りな笑い声。まるで真夏のセミのように頭に響く。

「くっそぉ! なんなんだよ、あいつ! 幽体離脱とか意味がわからん!」

 がしがしと頭を掻きむしるも、もやもやは収まらない。思い返すだけでも腹が立つ。

 そもそも、あいつはなんで幽体離脱ができるのか。普通に考えて、こんなことはありえない。絶対になにか原因があるはずだ。

 そして、その原因を突き止めない限りは俺に平穏な人生なんて訪れないだろう。

 今日のように、幽体でくっついてまわられたらたまったものじゃない。いつボロを出すのかわからないのだ。

「もう、なんなんだよ」

 がくりと机に突っ伏す。

 もうこの際、読書はすっぱりと諦めよう。優先すべきは、有川伊織だ。

 当たり前のことだが、俺は今までの人生で幽体離脱をするような奇妙な人間に出会うのはこれが初めてだ。もちろん、対処法なんてわかるはずもない。

 だが、物事には必ず原因がある。それを突き止めればよいのだ。

 例えば、こんなのはどうだろうか。

 高校一年の時期を異郷の地で過ごした有川伊織。二年になってここに戻って来るも、ひと際目立つ白いセーラー服のせいで周囲に馴染めず、その寂しさと目立ちたくないという無意識のうちの思いから幽体離脱をしてしまった、とか。

「……いやいや、あり得ないな」

 相手はあの有川伊織だ。周囲の視線を気にするような繊細な人間ではない。「制服の採寸間に合わなかったぁ。でもでも! すっごい目立つよね、このセーラー服! 有名人になっちゃうねぇ!」とはしゃぎまわっていた彼女の姿が思い出されて、俺は乾いた笑みを浮かべる。

 あいつはそういう人間だ。

 その後も必死に頭を働かせるが、やはり原因はさっぱりわからない。

 そもそも、どうして俺があいつのために頭を悩まさなければいけないのか。

 いくら幼馴染とはいえ、そこまでしてやる義理はない。

 第一、当の本人があまり気にしていないのだ。俺ひとり悩んだところで……。

 結局、なにも進展はないまま、この日は終わりを迎えた。



 翌日。何事もないままに終えた午前中の授業。

 だから俺は油断していた。このまま平穏な一日が続くと信じていた。なのに、だ。

「ねぇねぇねぇ! あーきーとーくぅん。あきとくんってばぁ!」

 さすがに昨日の今日で図書室へは行けない。

 仕方がなく他に静かな場所を見つけようと昼休みが始まるなり立ち上がった俺は、屋上へと続く階段に腰かけていた。ここならば人も通らないはず。

 そう思っていたのに。

「おーい! 聞こえてる? はっ! もしかして、ついにあきとくんにも見えなくなってしまったのか! これはチャンスだ! あきとくんのあんな秘密やこんな弱みを探るチャンスだ!」

 騒がしい。

 これならばまだ教室の方が心穏やかに過ごせたかもしれない。

 いや、こいつのことだ。教室でも遠慮なく絡んできただろう。他の人には見えないという幽体離脱の特権を使って。

 それにしても。

「……なんでついてくるんだよ。しかも幽体で。もう普通に来いよ。わざわざ幽体離脱する必要あるか?」

 周囲に人の姿はないが、念のため小声で呟けば、有川伊織がこてりと首を傾げる。

「んーっとねぇ。なんとなく! かな?」

「なんとなくで幽体離脱をするな」

 きっぱり言えば、「えぇー!」と不満げに唇を尖らせる。

「良いじゃん、別に。誰にも迷惑かけてないし」

「かけてるから。現在進行形で俺に迷惑かけてるから」

「あきとくんはノーカウント!」

「なんで?」

 そこはカウントしてくれ。頼むから。

「そんなことより! なんで私が幽体離脱できるようになったのか、ちょっとはわかった?」

「なんで全部人任せなんだ、おまえは」

「だって面倒なんだもん! 私は別に幽体離脱で困ってることなんてないし。でも、あきとくんがどーしても原因が知りたいっていうから手伝ってあげるんだよ? 私すっごい優しい! まるで女神だね。これからは私のこと気軽に女神様って呼んでくれてもいいよ」

「絶対に呼ばない。というか、お前が幽体離脱で俺の邪魔をしなければそれで全ては解決なんだけどな」

「……ん? ごめん、ちょっと聞こえなかった」

「聞こえただろ! この距離だぞ、おい!」

 んなははははっと笑う彼女を横目に、俺は大きくため息を吐き出した。どうやら、俺の平穏な生活はまだまだ戻ってこないらしい。


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