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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男の娘と弟

作者: 八木鈴世

見かけは美少女、中身は勇敢な少年。

男の娘3人組、希望のぞみ、辰子たつこ、桜さくらがオカルトな事件に巻き込まれ、あるいは自ら首を突っ込み、クトゥルー神話の怪異の謎を解き、怪異と戦う青春ホラー・シリーズ。


の「番外編」。

今回はホラーもクトゥルーも出てきません。希望の日常のお話しです。

甲:希望の朝


 あっさほー!

 希望はベッドの上から手を伸ばした。

 あっさほー! あっさほー! あっさほー! 

 野太い男の声で起床時間を告げる目覚ましのスイッチを、希望は切った。

 気温はまだ肌寒いが、やることは沢山ある。というわけで希望は布団から出た。

 伸びをし、続いて手足を動かし関節をとぎほぐす。軽く柔軟体操をすると、筋トレの腹筋背筋を1セット。

 鏡台の前に座ると、ブラシを手に取り、肩までかかった髪の毛の手入れだ。

 さて、今日はどのヘアバンドにしようかな? と考えながら、鏡に映った自分の姿を見る。

 くたびれたパジャマが半分ずりさがり、右肩が露出している。

 きめの細やかな滑らかな肌。うん、これはいい。気に入ってる。

 でも日に日に筋肉が落ちてゆくのは、どうにも複雑な心境だ。試しに腕を軽くつまむと、ぷにぷにした感触。前は硬い筋肉があったのだけど。

 中学時代に苦労して作った筋肉が消えてゆくのには、やはり歯がゆい思いもする。

 けど、これは仕方のないことだろう。「基礎工事」が順調に進んでいる証拠に他ならないのだから。

 希望はクローゼットを開けると、学校の制服を取り出し、着替え始める。くたびれたパジャマとは対象的に、こちらはアイロンのかかった清楚感あふれるセーラー服である。

 鏡台を見てタイが曲がってないことを確認すると、ベッド横の空っぽの犬小屋の前を通り過ぎ、自室から出る。


 次に希望は洗面所に向かい、洗顔、歯磨きをする。

 そして次が大変だ。こまめに洗濯をしているセーラー服を汚さないようにエプロンをつけると、台所に向かう。

 冷蔵庫を開ける。レタス、プチトマト、アスパラ、人参、エリンギ、ベーコン、そして卵。

 あちゃー、キャベツを切らしてる。週末の買い出しには補充して置かなければ。

 アスパラと人参とエリンギを食べやすい大きさに切ると、そのまま熱したフライパンに放り込む。調理用白ワインを大匙1杯そそぐと、すかさず蓋をして火を止める。

 その横で、スクランブル・エッグを焼く。自分と親父は半熟が好きなので、そこで皿に取り分ける。けど、カッ君は硬めが好きなので、もうちょっと焼く。

 野菜がワインの蒸気で茹で上がると、まだ熱いフライパンにバターを落とし、塩を適度にふりかけ、ベーコン入りの野菜炒めを作る。 最後に黒胡椒を軽く一降り。

 最後にレタスとプチトマトを添えて、はい朝食の完成。

 トーストとコーヒーの用意は、各自にやってもらう。

 この時点で時計は午前6時45分を指していた。

 親父が歯磨きを終えて、新聞を持って現れる。

「おはよう、希望。」

「あ、父さん、おはよう。」

 見ると、ネクタイが曲がっている。

「父さん、タイが曲がってるって。」

 希望は、親父殿の帯をささっと直してやる。


 ここで希望はいったん、台所を出ると階段を上り、2階のカッ君の部屋の前に行く。

 ドアを強く叩いて、大声を出す。

「カッ君! 早く起きないと遅刻するよー!」

 返事は無い。

 けど、これで弟は起きたはずである。

 希望は台所に取って返した。

 続いて希望は弁当作りに移った。

 タイマー式の炊飯器から、ご飯をよそう。

 大食いのカッ君のドカ弁に普通サイズの自分と親父。

 おかずは、冷蔵庫から出した夕食の残り。

 けど、それだけでは足りないので、大急ぎで粗挽きウインナーを茹でて、それを追加する。

 希望は、一息つく間もなく、テーブルにつくと、自分も朝食を取る。

 バタートースト2枚に、砂糖なしの紅茶だ。


 ここでやっとカッ君が現れた。

 祖父の隔世遺伝で身長は177センチはある。二つ歳下の弟ながら、165センチの希望にしてみれば、下から見上げなければならない身長差だ。しかも筋肉質の逞しい身体付きと来るから、総合的な体格差はもっと大きい。

 親父譲りの薮睨みの目つきなため、寝起きは特に不機嫌そうに見える。

「あ、カッ君、おはよう。」

「……。」

 返事はない。

 彼はムスッとしたまま食パンをトースターに入れる。

「あ、カッ君、タイが曲がってるよ。」

 変な所ばかり親父殿に似る弟君である。

 希望は直そうと手を伸ばしたが、軽く払われる。

「……いいって、自分で直すよ。」

 とプイとそっぽを向き、ムスッとしたまま焼けたトーストを取り、朝食を始める。

 まあ、これもいつもの日課である。

 ああ、小学生の頃はなついてくれていて、とても可愛いかったのになあ。


 ここで、希望はやっとリビングの惨状に目をやった。

 ソファーの上には、親父殿と弟君のシャツに靴下がだらしなくかけられ、卓上には夜食と思われるカップ麺とスナック菓子、ビールの空き缶が放置されている。

 うわあ。床にはスナック菓子の欠片が散らばってるし、帰ったら掃除しなきゃなあ。つーか、見なきゃ良かった。

「父さん、カッ君! 洗濯物は洗面所の籠に入れといてって言ってるじゃん! 」

 あんま、くどくどと言いたくは無いのだが、後始末をするのは自分なわけだから、多少は苦言を呈しても良いだろう。

「んもー! ぼくが嫁に行ったら、二人ともどーする気? 」

 それを聞いて、カッ君は飲みかけのコーヒーをブッ! と吹き出した。

 親父はと言うと、新聞から目を離さず、「あ、すまん」と一言。


 親父が教授をやってる大学やカッ君が通っている中学校と比べ、希望の通う聖ブリジット学園は、やや遠い。電車で3つ先の駅の向こうにある。だから、希望が一番最初に出なければならない。

 食器を大急ぎで流しに置く。洗いはカッ君の係である。

「じゃあ、行って来るね!」

 希望は台所に居る二人に、そう声をかける。

「ああ、気を付けて行きなさい。」

 親父が新聞越しに返事をする。

 希望は鞄を掴み、スニーカーを履くと、そのまま外に出て、駅に向かって小走りだ。

 これが、二ノ宮家の長男、希望のぞむの毎朝の日課である。


乙:勝利の憂鬱


 あのクソ兄貴。

 希望のぞむの部屋のドアは、今や全開になっている。換気のためだろう。窓が開かれ、カーテンがパタパタ揺れている。

 おかげで、部屋の内は丸見えだ。

 勝利かつとしは、今さらながら幻滅した気分だった。


 壁一面が本棚に占領されているのは良い。そこに本がぎっちり詰め込まれているのも、昔から変わらない。兄貴は無類の本好きだから。

 整理整頓と掃除が行き届いていて、勉強机の上にはパソコンのキーボードと数冊の教科書とノートと筆記用具以外は何も無い。そして床には紙屑一つ落ちていないところも、几帳面な希望らしい。

 ベッドの横に小型犬用の犬小屋が置かれており、表札には「シロ」とある。もちろん、希望は犬なんか飼ってない。「つもり飼い」なのかエア・ペットなのかは知らないが、これもどうでもいい。兄貴の奇行は昔からだから。


 問題は窓際の鏡台である。勝利を産んですぐに亡くなった母親の形見らしいが、その上に化粧品やらアクセサリーがズラリと並んでいる。

 本棚の上部には、少女趣味丸出しのかわいい系のヌイグルミやら人形やらが並べられている。

 そしてカーテンも布団カバーも床のクッションも、ことごとくが女ものである。

 窓の下の棚には、これまた少女趣味のオルゴールに、アクセサリー箱、そして小さな鳥かごがあって、その中から作り物の小鳥が口を開けてこちらをうろんに見つめている。

 机の上の電気スタンドはハロー・キティ型だし、壁時計はマイ・メロディのキャラ時計と来る。

 風と一緒に化粧品の香りがほんわかと香ってくる。

 極めつけはドアの内側に張られたポスターで、ジャーニーズ系のアイドル写真だ。

 どうしてこうなった?


 そもそも中学時代の兄貴の部屋は、こんなじゃなかった。

 壁一面の本棚だけは変わらないが、ヌイグルミやキャラグッズの類はなく、質素を通り越し、殺風景だった。

 部屋の中央には小型のサンドバックが吊るされ、鏡台のあった辺りには、植芝盛平先生の毛筆のレプリカがかかって居たのに。

 たまにドアを開けると、男臭いに匂いがすることすらあった。

 まさに質実剛健を地で行った部屋だった。


 サンドバックと植芝先生の毛筆は、今は勝利の部屋にある。貰ったわけだが、あんま嬉しくは無かった。

 希望と勝利の母親は、次男の勝利を産んですぐに亡くなった。

 大学教授の親父は、学問一筋の人間で、家事の類はお世辞にも上手とは言えない。

 それで勝利の面倒は、主に希望が見ていた。

 近所に同じ年頃の子供が居なかったのもあって、勝利の遊び相手は希望だけだった。

 ボタンのかけ方や自転車の乗り方も教えてくれたのも希望だし、風呂にも入れてくれた。同じ子供部屋で寝ていた頃は、夜中にトイレについていってもくれた。

 「カッ君」というのも、希望だけが使う呼び名である。

 頭も親父譲りで凄く良く、勉強も教えてくれた。


 そもそも勝利が古武術を習い始めたのは希望の影響である。

 古武術の道場に通い始めたのは小学生の頃。勝利は希望の真似をした形で、一緒に道場に通った。

 2年の差は、なかなか大きく、武術でも勝利は到底かなわなかった。

 最初は兄貴を慕い尊敬していたが、長じるにつれて、それはライバル意識、対抗意識に変わって行った。

 勝利にとって、希望は「超えるべき目標」だった。

 みてろ、いつかあのすげえ兄貴をぶっ倒して、俺はもっともっと強くなる!

 

 勝利は身長がにょきにょきと伸び始めた。

 あっという間に、希望を追い抜いてしまう。

 親戚達の話しによると「お祖父ちゃんの隔世遺伝ねえ」と。

 なるほど、古い白黒写真を見ると、祖父は身長180を越える大男だった。

 これなら兄貴を倒せるようになるのも夢じゃないと期待していたところに、この仕打ちである。


 今の希望は、見る影もなく貧弱な身体つきになった。肩幅も落ちて、今やなで肩。

 風呂上りの希望に出くわすこともたびたびだが、貧弱になってゆく体格とは逆に色気のほうは増すばかりで、勝利はそのたびに顔を真っ赤にして、目を背ける。

 筋力は絶望的なまでに落ちて、瓶の蓋を開けたり、重い物を持ち上げる時にも、勝利に助けを求める体たらくである。

 親父は希望の女装姿は「母さんの若い頃にそっくり」と驚いていて、写真を見せてくれた。なるほど生き写しである。けど、母親のことを全く知らず、思い入れの無い勝利には、何の感慨もわかない。

 毎日通っていた武術の道場にも、月に2~3回通うだけになってしまっていた。

 これでは試合をやっても、勝利が勝つのは当たり前である。

「ああ、やっぱもうカッ君には適わないや。」

 そう言って希望は無邪気にコロコロ笑う。

 しかし勝利は全然勝った気がしない。

 要するに目指していた目標が、いきなり崩壊してしまったのである。


 極めつけは、今年の2月だった。

 台所で希望は鼻歌を唄いながら、ハート型の鋳型に溶かしたチョコを注いでいたのだ。

 げ、男がバレンタインのチョコを楽しげに作っていやがる。

 いたたまれなくなって、勝利は見なかったことにして、自室に逃げ込んだ。

 しかし、その恐怖の瞬間は容赦なくやってくる。

「はい、カッくん。 これ、あげる!」

 つい一昨年までは、凛々しい道着の骨太の少年だったのが、か細いセーラー服の少女になって、ほのかなバニラの香りを漂わせながら、ハート型の義理チョコをプレゼントと来る。

 馬鹿でかいハート型のビターチョコに、ホワイトチョコで「義理」と大書してある。もしこれが「愛」とか「LOVE」の文字だったら、兄貴をこの手で絞め殺して、自分も死ぬところだったろう。

 それよりかはマシと言えども、可愛らしくなった希望の手作りという奇怪さは変わらない。

 背後に「きゃぴっ」の文字が見えたように思った。

 思わず勝利は、そのチョコをゴミ箱に投げ込みかけたが、寸でのところで思い留まり、激しく食い千切ると、ヤケクソな気分で、そのままガツガツ食い散らかしてやった。

「もう、カッ君は相変わらず食い意地が張ってるんだからー」

 と希望は、ころころ笑う。

 そうじゃねえよ、このクソ兄貴。


 もちろん勝利だって、希望が悪いわけではないことぐらい充分承知していた。

 希望が「適応者」と判定されたのは、中学3年の後半だった。

 法律で義務付けられていることだから、選択の余地などない。

 希望は、あっさりと実にあっさりと自分の運命を受け入れた。

 本人はやる気満々で、さっそく女の子になる準備を始めた。

 性転換は高校卒業後だと言うが、病院に通いながら、色々と妙な薬物投与を受けていて、前準備の「調整」に入っている。

 みるみるうちに、希望の身体は変化して行った。筋肉が落ち、髭は生えず、身体は丸みを帯び、髪や皮膚が綺麗になってゆく。

 希望はそれを楽しんでいるかのように女装を始めた。


 けどこれは弟の勘なのだが、兄貴は最初は凄く悩んでいたように思う。それを表に出さなかっただけだ。

 希望は最初の1ヶ月は普通高校に通ったが、そこで何があったのかは良く分からない。けど、ひどく辛い思いをしていたようだ。

 ネットでは「適応者」を罵倒する言葉が毎日のように大量に投下され、駅前では公然と聞くに堪えないヘイトスピーチをスピーカーでがなる連中が絶えない。これが現実なのだ。

 希望は喧嘩が強かったから、直接的ないじめを受けることは無かったようだが、そのぶん陰湿な差別と偏見はたっぷり受けたらしい。

家ではそれをおくびに出さず、にこやかにしていたので、それが余計痛々しかった。


 でも真夜中に、一度だけ兄貴が泣いているのを見てしまったことがある。どこのどいつだか知らないが、兄貴を泣かした奴、見つけたらただじゃ置かねえ。マジで本気で、ぶっ殺してやる。


 親父もそれに気づいていたようだ。息子に無関心に見えて、実は細かな所までよく見ている。我が親ながら油断のならない奴。

 それからすぐに、親父が聖ブリジット学園への転入届を持ってきた。

 「文部科学省指定女子訓練学校」だ。女子高であるが、同時に「適応者」の少年達に、女性として生きてゆく訓練を施す専門校だと言う。

 同じ境遇の仲間が沢山居るし、教師も同級生も理解ある人ばかりの学校だ。

 そこで希望は、柏崎辰彦と野崎桜太と偶然から再会した。

 それ以来、希望は女性になるための訓練に、一心不乱に入れ込むようになった。そしてそれを本気で楽しんでいるようにも見える。

 兄貴にとって、これは良かったことなのだろう。勝利は、それは充分分かっている。

 でも何でだろう? どうしてこんなに腹が立つのかなあ?



「男の娘と悪魔博士」

「男の娘と吸血鬼とインスタント人間」

の幕間劇です。

次回、

「男の娘と地獄図書館」

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