記憶消去マシン
ここは小さな町の中にぽつんと佇む、とある研究所。
恰幅のいい紳士が、恵比寿顔で訪れる場面から物語は始まる。
「私だ、博士。電話の件ですぐ飛んできた。入れてくれ」
「おお! お待ちしておりました! ささっ、中へどうぞ」
インターホン越しにそんなやり取りをし、自動で開いた木のドアを、中年の紳士はスキップで潜る。
研究所の中で紳士を出迎えるのは、白衣の老人。
禿げ上がった頭頂部の両端に少量の白髪を蓄えたその老人は、紳士にも負けないほどの笑みを浮かべていた。
「博士。遂に完成したそうだね? 私の夢のマシンが!」
「我々の……いや、人類の夢のマシンですよ」
「そうだったな。では早速、見せてくれ」
「ええ勿論。こちらへどうぞ」
老人の案内で、研究所の奥へと通される中年の紳士。
「おお! コレがそうか!」
第一声は、子供がクリスマスプレゼントを開けた時のような歓喜の声。
紳士は“それ”を見た瞬間、年甲斐も無く大きな声を出した。それもそのはず、彼はこの装置の開発に巨額の資金を投じ、十年もの期間を待ち続けたのだ。
完成を知ったのはついさっき。
紳士は逸る心を抑えきれずに、目を輝かせながら夢の装置へと近付いた。
「ええ。コレが私の開発した、その名も『記憶消去マシン』です」
紳士がこの老人に依頼し、完成を迎えた夢の機械。
それは部屋の半分を占める巨大な装置だった。ピュンピュンと聞き慣れない音を出し、色々な計器の針が小刻みに動き、様々な色のスイッチが所狭しと並んでいる。
中年の紳士にはどういう仕組みなのか全く理解出来ないが、その物々しさだけは感じられた。
「性能のほどはどうなんだね?」
「ええ、それはもう素晴らしいものです」
快い返答に、紳士は心の中で小躍りする。
老人もそれを見て、喜色満面で装置の説明を開始した。
「この装置の素晴らしい部分は、記憶を選んで消せるという点です。朝食に何を食べたか? テレビでどんな番組を見たか? その記憶だけをスッポリと消去出来るのです!」
「素晴らしい! では嫌な記憶も、逆に嬉しい記憶も消せるという事だな?」
「その通りです」
恰幅のいい紳士は心の中だけでなく、現実に小躍りした。
「この装置には様々な利点がございます。どんでん返しの驚きのミステリーも、その記憶を消せば再び驚く事ができ、感動した映画を見た後にその記憶を消せば、もう一度の感動が待っているのです」
「実に素晴らしい! ブラボーだ! 奇跡だ!」
中年紳士がここまで喜ぶのには理由があった。
実は彼が投資した巨額の資金は、そのほとんどが借金によるものだったのだ。銀行からは限界まで借り、友人全てに声を掛け、果ては闇の金融会社からまで限度額いっぱいに借りたのである。
本来なら首を括らないといけないぐらいの問題だが、彼にはそれを解決する起死回生のアイデアがあった。
それこそが――――この記憶消去マシンなのである。
この装置を用いれば、金を貸したという相手の記憶まで綺麗さっぱり消すことが可能。
面倒くさく取り立てる相手の記憶は消去し、それでもしつこい輩には、この装置で稼いだ端金を渡せば良い。記憶消去マシンがあれば、金など湯水のごとく湧いてくる。――そんな邪な思いを、紳士は胸の奥に秘めていたのである。
「心に傷を負った者の記憶を消して精神医療の分野でも活躍しますし、犯罪者なんかの更正にも使えるでしょう」
「分かった分かった。用途は“よく”理解している。早速、装置の使用方法を教えてくれ」
喜々として話す老人の言葉を遮り、紳士は使用方法を訊ねた。
あとは聞き出した使い方で、老人の記憶を消してしまえば良い。
そうすればこの装置は完全に私のもの。
紳士は老人から見えないように、邪悪な笑みを浮かべる。
しかし老人は紳士の邪な考えなど露知らず、笑顔のままで口を開いた。
「実はですな………………“分からない”のです」
返ってきた意外な言葉に呆気に取られた紳士が「なに?」と聞き返すと、老人は笑みを讃えたままで言った。
「私はこの作品を完成させたとき、感動に震えました。間違いなく、私の生涯最高の発明でしょう。その感動を一度で終わらせるのは勿体無い。あの感動をまた味わいたい――と、その衝動を抑えきれず……」
そこで老人は一度だけ申し訳なさそうな表情を浮かべ、決定的な言葉を口にした。
「成功した記憶だけを残し、開発の記憶と使用方法の記憶を消してしまったのです」
「なんだと!!!!????」
あとに残ったのは――――
悲鳴にも近い叫び声を上げる紳士。
もう一度、生涯最高の発明を作れる! と恍惚の表情を浮かべる老人。
ピュンピュンと音を出す、使用不可能な機械だけであった。
気紛れに書いた短編ストーリー。
結構色んな人が思いつきそうなものなので、もしかしたら被ってる作品もあるかも?
昔こういうのが好きで良く読んでました。一度書いてみたいと思ったのでなんとなく投稿。
また機会があれば似たようなの書くかなぁ。