幕間:檻
何か一つの選択肢をとるということはそれ以外の選択肢を捨てることに他ならない。彼女はこの実験施設からの逃亡という選択肢をとることで、安全に生きるという選択肢を捨てることになる。
「もう決めた、という顔だね?」
胡散臭い男は熱いコーヒーをすすりながら、彼女に訊いた。
返事などは必要ない。
その目が、その顔が如実に答えを語っている。
「いいだろう。ならば、往きなさい。そして、生きるのだ」
男は優しく言う。
「ただし、何かに縛られてはいけないよ」
と。
葉村はこくりと頷いただけだった。
「よろしい。女の子に一番似合うのは笑顔だ。そんな世界で生きていてはいけないナ」
わははと笑う男に以前の胡散臭さはない。
「次の新月の夜……決行する」
それだけを告げて、葉村は男にあてがわれた研究室から出た。
一発の大爆炎が研究施設を吹き飛ばすのと非常用のサイレンが鳴ったのはほぼ同時だった。非常用とは言っても
『サンプルが逃亡したおそれがある。至急、戦闘員は確保に向かえ!』
という避難指示からは程遠いものであったが。
少女は駆けた。そして、少女は賭けた。
これが唯一にして最後の機会になるだろうということは幼いながらも、彼女の頭の中では理解している。
すぐに武装した数名の男たちに囲まれたが、彼らなどは相手にもならない。
晶具という超常兵器の前では、サブマシンガンなどただの玩具だ。
ピンポイントで武器を狙い、彼らの持つ得物を破壊する。それさえも、彼女にとっては造作もないことだ。爆発の衝撃で彼らは昏倒する。
出来るだけ人は殺したくない。
こんな世界だからこそ、彼女はそう思っていた。
この世界では命は軽い。一枚のコインよりも軽く、もしかしたら水素よりも軽いかもしれない。人を殺すことに慣れ過ぎたら自分はもはやただの殺戮者に成り下がる。
少女はそう理解していた。
だから、彼女は誰一人として死なさずにこの施設から脱走しようとしている。
「いたぞ! 確保しろ!」
「いや、射殺命令が下りた! 殺して構わん!」
血走った目の屈強な男たちが彼女の行く手に立ちふさがり、弾幕を張る。それでも彼女の爆炎の力の前には無力だった。
「デストルーク!」
唱えた言葉は破滅の兆し。
震える身体は微熱を宿し。
滾る血潮は鼓動する。
自由になりたい、と。
だが、運命はどこまでも彼女に残酷だった。そのことをまだ少女だった彼女は知らない。
Interlude out
こんばんは、星見です。
気が付けば年の瀬ですね。今年は色々ありました。
来年も色々あるでしょう。
今月中に終わらせ……られません。
何とか今年度中に!
頑張ります。
皆様も師走の忙しい時期、心を忘れぬようお過ごしください。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……




