プロローグ
皆様、こんにちは。
初めての方は初めまして。
兼業作家の星見流人です。
この作品は前作『虚ろな楽園』の続編にあたります。何年後くらいの物語かはこの先物語を読み進めていただければ分かるかと思います。もちろん、前作を読んでおられない方でも読めるように執筆しておりますので、ご安心ください。また違った視点から物語を俯瞰できるかと思います。
さて、今作は筆者が苦手な学園×恋愛という要素を盛り込んだ作品でございます。もちろんメインはいつも通りの血なまぐさい謀略と暴力ですが(笑)一生懸命描きますので、ご指導・ご鞭撻いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
あなたには夢がありますか?
そう尋ねる声は若い女性のものだ。その声には艶があり、人を惹きつける危険な香りがする。
どうしても叶えたい願いがありますか?
その声は再び問う。まるで、誘惑するように。
暗闇に包まれた教室で男は頷いた。ゆっくりと、しかしはっきりと頷いてしまった。
「では、あなたの願いを叶えましょう」
満ち足りたようにその若い女性の声は告げる。それは彼女が待っていた答えだったからだ。
夜の神戸を見下ろすその教室には二人しかいない。誰もこの密会が開かれている事実を知ることはない。
男はそう判断した。そう、男がここでどんな願いを口にしても、誰にもばれることはない。この共犯者が叛逆しない限りは。
昏く甘い囁きはもう男を虜にしかかっていた。悪魔の囁きにも似た甘言はそれでも止むことはない。
「それで? あなたはどんな願いをお持ちなのですか?」
「……」
男はそこで黙った。男の心にはまだわずかばかりの葛藤がある。しかし、それは濁流のごとく押し寄せる甘美な声音に少しずつ、確実に削り取られていった。その浸食には抗うことすら許されない。
「私を……」
男はついに負けてしまった。そして、彼女は男が負けることを知っていた。
「私を……この神戸の支配者に……。かつての、世界を支配した財界の王……米沢昭のように!」
その願いを聞き届けたとき、若い女性は初めて笑みをこぼした。暗がりでもよくわかる。聖母のように慈愛に溢れ、その優しさで人を絞め殺す微笑みだ。
「わかりました。その願い、必ず叶えて差し上げましょう。また後程、あなたにご連絡します。兵隊をお借りしてもよろしいですね?」
男はもう首肯するしかない。
「ふふ……ありがとうございます。代償はいずれ頂きますので、それまでお待ちください」
「だ……代償とは?」
「あなた自身がこれから行うことの観察記録すべてです。それらをデータ化して、一切の嘘偽りなく私に提出してください。もちろん成功報酬で構いません。もし、虚偽が発覚した場合は私が責任をもってあなたの計画を潰します」
男はほっとした。莫大な金を要求されるとばかり思っていた。そんなことなら簡単だと胸をなでおろす。
「ああ、そうそう……忘れていました」
若い女性は制服の懐から拳銃を取り出した。セーフティをすぐに解除し、唯一鍵のかかっていない教室の扉を開ける。
「この計画は決して露見しないように」
そうして、まるでノートに落書きをするかのように当たり前に、扉の前で聞き耳を立てていた警備員を射殺した。サウンドサプレッサを装着しているため、音は抑えられている。
「君……! それは……」
男が驚いたのは射殺したことだけにではない。人間力中心主義という極端な平和を目指す今の時代にあっては、拳銃などは自衛隊ですら一部の人間しか持っていない代物だ。それをあたかも当然のごとく彼女が装備していることに驚いた。
「あら、これは玩具のピストルです。今、あなたが見たのも幻視か何かではありませんか? ここでは殺人事件などはなかった。そうでしょう?」
このとき男は初めて、この幼さの抜けきっていない若い女性を恐れた。人を殺すときに見せる一瞬の躊躇いや殺した後の後悔すらも彼女は持ち合わせていない。
「ここでの会話が明るみに出て困るのはあなたではありませんか? よく考えてください。それに、あなたの“人間力”があれば、この程度の些事、何とでも揉み消すことが出来るでしょう?」
血塗れの微笑みはどんな妖美な悪魔のそれよりも蠱惑的で、どんな天使の怒りよりも恐ろしかった。
「大丈夫です。ご安心ください。私の計画通りに進めていただければ、必ずあなたをこの都市の影の支配者にしてみせます」
男にとって、彼女はもはや悪魔にしか見えない。けれども、それを拒む選択肢は既に失われていた。この時点で、男は既に彼女の掌の上にがんじがらめに縛りつけられていたのだから。
こんばんは、星見です。
前作『虚ろな楽園』終了直後から構想を練って、実際書き始めたのはこの二週間ほどです。『虚ろな楽園』の続編です。
※6月13日プロローグ全文を改稿しました。ヤクザ出てきて喜ぶ奴いるのか?という自問自答に対する解答がコレです。
相変わらず本業との両立のため執筆速度は遅いですが、温かく見守ってくださると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……