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神名シリーズ

noblesse oblige...

作者: 左松直老

 他サイトにも重複投稿しています。


 畏れの騎士へ、かしずく者への寵愛を。そして、貴方が去りゆく――

 少女が待ち焦がれる、魔法のお話。

 ※前日譚として『I was born...』があります。

 瞳が在れば良いのにな、と思ったら。群青よりも深い、紺瑠璃の青い瞳を与えてくれた。

 暗い二つの洞の穴、硝子よりも柔らかい半透明の水晶に、紺瑠璃に色付けした虹彩の、作り物の瞳。それでも『使うには十分』で、それを貰ってからというものボクには世界が見える。

 眩い光を放つのは電球だ。家具の暗い影を落とすのは床で、部屋の中央には毛織物の絨毯が敷かれている。

 聞いただけでは世界は分からない。

 座っている場所から正面に鏡が、すごく大きな姿見が置いてある。金茶色の照明にあてられた木製の机の上、そこにいるのはボクだ。

「はじめまして。こんにちは、ボク」


 体の動かし方は知っている。それに喋り方も。ボクは作られた人形という物だけれど、考えることも出来るし、座っている事も分る。

 初めて見た世界は薄暗い部屋で、無機質な壁に調度品の家具だけは趣がある。使い込まれた木製の家具は、安っぽい金茶の照明に艶やかなくるみ色を誇張している。

 素晴らしきかな、我が『父』の工房は。

 まだ腕はなく、傍らに転がっている白磁のような部品が腕だろう。その腕を、未だ虚空を繋がれたこの両の肩に着けて貰えば、必ずやボクの腕となる。それは見れば分るし、この瞳を今与えられていなかったとしても、ボクには分るのだ。

 ボクは人形だ。比喩表現でも今置かれた状況下による皮肉でも何でもない。

 正真正銘、作業台の上に座るボクは人形だ。

 作業台の脇、今までボクの瞳を調整していた人物が何事か屈んで作業を続けている。

 作業台の縁に腰掛けて、首だけを向けて小さく丸まった、巨大な背中を眺めていた。

「この後、腕を着けてくれるのですか」

「む、その前に外皮生成の式を組んでおきたい。時間がかかるのでな」

「そうですか。ボクが自由に動き回れる様になるまで、そう長くはないのですね?」

「長くはないが、短くもない」

「? それはどういう意味でしょうか」

「生まれてみれば解る」

 生まれると言うのは母体から出産されると言う事か?

 それとも卵生動物のように卵のような物から孵化することを言っているのか?

 ボクは物でしかないし、まして母と呼べるような存在もいない。ボクを作ってくれた人はただ一人、『父』であるし、その存在は生物学上「オス」に該当するはずだ。

 ある意味でボクという人形を作り出したのだから「無性生殖による繁殖」とも考えられるが、ボクが生物ではない以上、やはり「生まれる」という『父』の言葉には無機質な首を傾げるほか無い。

 情緒的哲学的な観点から見ようとも、ボクという存在はやはり物でしかなく、生存の為の自発的目的意識も、先代による経験則や遺伝形質的な無意識にすり込まれる生存本能も存在しない。ただの物体で、未だ完成を見ない無機化合物焼成体でしかない。

「意思を持つものは生命と云えないか」

 抱えた金たらいの内側に赤黒い液体をたゆたえて、『父』はボクの無言の問いに答えてくれる。

「ボクの思考は人工知能と呼ばれる物の類ではないのですか? それを生きていると云えば、そういう物にすら生命としての尊厳や権利を与えることになってしまいますよ。そもそも、意思を持つことが生まれることなら、ボクはとうの昔に生まれています」

「人の都合で作られた存在である以上、その存在は手ずからに作った者の責任中にある。人工知能であれ、特定作業だけを行う機械であれ、制作者の『教育』を必要とする。『教育』とは制作者や教育者の経験則や意思、思想の許に行われる。単調な作業を命令することも、目的の達成のためにあらゆる可能性を示すことも、それ『教育』である。

 教え、育まれたモノが次代を担うのならば、それもまた生存のための戦略であり、生存を確立している以上、生命と定義してなんら問題ない。

 それに尊厳や権利は与えられるモノではない。生存している以上、何らかの外的要因や内的要因による危機との対峙を余儀なくされる。そのどちらかに負けたモノは淘汰され、また打ち勝つことが出来たモノにだけ『生存』という尊厳と権利が与えられる。無限の安寧が空から降ってくるのならばだれも闘争せず、競合せず、淘汰も、発生も起こらない」

 金茶の照明に当てられた赤黒い液体が葡萄酒のような光沢を放ち、経年によって蓄積した金たらいの汚れを際だたせている。

「ではボクは今まさに『教育』を受けているのですね。もしボクが何かと競合や闘争、淘汰と云った生物的な行動を始めたのならば『生まれた』という事になるのでしょうか?」

 金だらいを部屋の中央に据えてその位置を何度か確かめ、納得がいったとばかりに『父』はボクのいる作業台に向き直る。ボクと部品のいくつかを作業台の端に寄せ、作業台前の丸椅子に腰掛け、無地の紙に書き物を始めた。

「そう。生まれたと云えるだけの条件は揃う。だがそれだけでは未完成の生誕だ。生まれた後、真に生き延びるためには学ばなければならない。その命尽きるまで、永劫に」

「それを教えてくれるのは『教育者』たるアナタではないのですか」

 紙に描いているのは幾何学模様だった。そこに描かれている円や文字列のようなモノの意味ならボクには理解できるが、それを書き起こしたとして後に得られる結果が今後どういう経緯を辿るのか理解しかねた。

「生まれた後、私はお前に教えることなど無い。生まれるための『教育』を施すことは可能だが、私はお前を依頼されて制作しているに過ぎない。未だ過程であり、この問答もお前が生まれるための『教育』に過ぎない。真に完成された生を受けたいと願うならば、学ぶことの意味を学べ」

 ナイフで削った歪な先の鉛筆を作業台に転がし紙面をまじまじと見つめ、内容に誤謬無きようにと、『父』は言葉を止めて真剣に精査していた。

 それを遮るような愚行は犯さない。なぜ『父』に創られたのか定かではないが、生みの親たる『父』に面倒をかける訳にはいかない。疑問が虚を突く行為である様に、理解とは感情の抑止に違いない。

 次に言葉を紡ぐのはボクではない。

 学べと言うのだから、学ぶべき生徒は問いかけた答えを待たなければならない。

「彼女はお前を騎士として迎えたいそうだ」

「騎士?」

 彼女という言葉に、生物学的な雌という事実以外興味は無かった。ただ、彼女と呼ばれた者が、ボクに求めるものが『騎士』という役割だというのには困惑を禁じ得ない。

 騎士というのは馬上にて剣や槍を振るう戦士としての騎士だろうか。それとも領主や王侯が認めた位としての騎士だろうか。そのどちらもボクには無縁のモノだし、まして馬に乗れるような原寸大の人よりは遙かに小さいし、ボクを騎士として認めるような王や領主が居るようには思えないのだ。

「そうだ。私の知り合いにも元騎士が居る」

「元騎士の方に騎士たるや何かを学べば良いのですね」

「――が、ヤツには世話にならない方が身のためだ。ロクな事がない」

「……では、騎士になるにはどうすれば――」

 父は腕の部品を手にとって精査し、不具合でも有ったのかなにやら工具で調整し何度か稼働させ、滑らかに動作するか確認する。

 具合に納得がいったらしく、ボクの洞の肩にはめ込んでボクに動かして確かめるよう促した。

「彼女が求める騎士とはヤツのような、落ちぶれた元騎士等というモノではない。その騎士がどういうモノか、それを知っているのは彼女だけだ」

 与えられた手を突いて作業台の上に立つ。ヒトガタの体だけあって二つ足で立つことに違和感はなく、重い頭を首に据えて。しかと父の顔を見上げる。座位にあって父の顔までには及ばない。父の手のひらと指の長さを合わせたくらいの背丈しかないボクが、依頼主である『彼女』の騎士になれるとは到底思えないのだ。

「だが、私の知っている騎士は誇り高く、約束を違えないモノだ。期待に応えようと足掻き、苦悩し、真摯に問題へと当たるモノだった。おおよそ彼女の騎士というものとの認識に相違ないだろう。彼女には忠義を尽くし、生きることを学びなさい」

「ボクは『彼女』の騎士になれるでしょうか」

 父はそれに答えてくれはしなかった。ボクを両手で抱え、赤黒い液体の入った金たらいの中にボクを横たえて浮かべ、先ほどの幾何学模様の紙をボクの体に載せた。

 次の瞬間には赤黒い液体がボクの体の中に入り込み、内に何かが形成され、体中に柔らかな衣が作られる。父や人と同じ皮がボクの体にまとわりついている。いや、これはもうボクの体になったのだろう。そう知覚して、そう確信して、そう成った。

「これ以降、赤子のようにボクと称するのは止めなさい」

「はい」

「お前は誰で、何を為すか」

「我が君への忠誠を。ここに、名も無き私が居るのです」

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