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短編集イロイロ(作者選)

ある研究者達の憂鬱

作者: 名明 伸夫

 

 とある山奥に某製薬会社が建てた研究所があった。

 この研究所では、世界中から集めたありとあらゆる細菌や病原菌などを調べており、日夜新しいワクチンや抗ウイルス剤を作るための研究をしていた。


 ある日、若い助手が嬉しそうに声をあげ博士を呼んだ。


「博士、これを見てください!」


「どうしたんだね、いったい?」


 博士は振り返ると、熱心に顕微鏡を覗き込む助手に近づいていく。


「ついにやりました、これがあれば世界を全ての病気から救えます!」

 助手は興奮気味に博士を見ると、顕微鏡の椅子を空け、博士に覗き込むように促した。


「ふむ……これは……」

 博士は顕微鏡を覗いて呻いた。


「今ご覧になっているのは、新型のインフルエンザウイルスです。次々に死滅しめつしているでしょう?実はこのワクチンを各種様々なウイルスに投与した結果、どれも同じ現象が確認できたんです!」


 助手は顔を真っ赤にしながらそう言うと、机の上に研究結果のレポートを並べ始めた。


「まだまだ実験するウイルスはありますが、今の段階でこのワクチンは、既に約三十種類のウイルスに対しても絶大な効果を見せています、もちろん人体には何の影響も与えません」


 自分の発見が今、全人類の歴史に革命を起こしているのではないかと実感し始めた助手は、嬉しさにわなわなと身体を震わせた。


 しかし博士は無言のまま顕微鏡を見つめ続けながら、ぽつりとこう呟いた。




「このワクチンの研究は、もう止めなさい」




 助手は博士の言っている意味がわからず、しばらくぽかんと口を開けたまま立ち尽くしたが、ふと我に返ると博士に詰め寄った。


「どういうことですか博士! この研究は我々だけでなく全人類を救うことが出来る薬になるかもしれないのですよ!」

 助手は口から唾を飛ばす勢いでまくしたてたが、博士は聞く耳を持とうとはしない。


「……何故ですか、博士。理由を教えてください」


 黙ったまま助手を見据える博士に、助手は目を真っ赤にして博士の言葉を待った。


 博士は小さくため息をつくと口を開いた。


「我々の仕事は、ひとつのウイルスに対して効果を持つワクチンを作ることなんだ」

 博士は立ち上がり助手の肩を軽く手で叩くと、歩きながら話しを続けた。


「もちろん、ひとつのワクチンが様々なウイルスに効果があれば人体に、いや人類にとってそれは有益なものになるだろう」


「では、何故……」

 助手は博士の話しの意図がわからず困惑する。



「ここで一つ例え話をしよう」

 博士は手をぽんと叩いた。



「仮に一瞬でどんな害虫も殺せる殺虫剤が発明されたら、害虫駆除業者はどうなるだろうか?もっと言えば、この世から犯罪が無くなる装置が発明されたとしたら、警察やセキュリティ会社はどうなるだろうか?」


 助手はあっと声を上げた。


「我々は研究員と言えども、所詮はサラリーマンだ。自らの発見や発明が必ずしも自らの幸せに繋がるとは限らないという訳だよ」


 博士はどことなく寂しそうな表情をして、そのまま研究室を出て行った。



 しばらくその場に呆然としていた助手だったが、その時彼はぼんやりと一ヶ月前に生まれたばかりの我が子のことを思い出していた。


 そしておもむろにテーブルの上のレポートを手に取ると、無言のままゴミ箱に突っ込み研究室を後にした。






    

最後まで読んで頂き、ありがとうございました^ ^

ご意見・ご感想などなどありましたら、気軽にコメント下さい〜(^-^)





……実際にこんなことあったら、たまったもんじゃない!笑

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい短編ですね。盛り上げて、一気に落とす。というような。(笑) ラストの皮肉さ加減がなんともいえず、絶妙です。 短編て本当に難しいのに、少ない文章で全て世界を表現して、読者に余韻を残…
[一言] なるほど。現実にあったら確かに……。 などと、色々考えさせられる作品で良かったと思いました。 文章も読みやすくて、個人的にはとても好きな作品です。
[一言] 感慨深いものがありました。 言われれば、と言う盲点をついた感じで、良かったです。 助手のその後を見てみたいですね。
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