008
テノン達に話したことをそのままミコちゃんに伝えたが、笑うばかりで信じてはいないことが良くわかった。
テンションを下げつつ、ミコちゃんと別れギルドホールに戻ってくると更にテンションが下がった。明らかにこっちに殺気をぶつけてくる筋肉ヒゲオヤジが俺のことを待ち構えている。質問などせずにさっさと登録をしていれば回避できたかもしれないな。
「おい! てめぇ!」
その台詞はさっきも聞いた。面倒だ。
「先ほどは失礼致しました。突然肩を掴まれて反射的に攻撃してしまったのです。申し訳ありません。勿論ミコさんにも謝罪をして、お許しいただいています」
軽く頭を下げつつ先制謝罪で出鼻を挫く!
「は? あ、お、おう。まぁ、確かに急に掴んだのはこっちも悪かったが…俺は肩掴んだっけ?」
「掴みましたよ」
「そ、そうか。だがなぁ、今後ミコちゃんに変なこと絶対にすんじゃねぇぞ? 次はないからな」
「肝に銘じておきます」
「あと、俺よりランク高いんだろ? 気持ちわりぃから敬語なんか使うなよな」
狂信的ミコちゃん信者かガラの悪いバカ冒険者かと思っていたが、ミコちゃん並に人が良い。先程も単純に俺に注意をしにきただけだったみたいだな。悪いことしたな。因みに肩は掴まれてない。
「なら、普通にしよう。さっきは本当に悪かった。因みに俺はたった今登録したばかりでEランクのシラヌイだ。よろしく」
「Eランク? 冗談だろ?」
赤く発行する刻印を見せてやる。すぐに証明できるのは楽でいいな。
「まじかよ……俺はBランクのナークだ。お前はただのルーキーじゃないだろ? かなり鍛えてるよな? な? そうじゃなきゃEランクごときに気絶させられるわけがねぇ。というか動きがよく見えなかったし、いったいどうやって……」
何やらブツブツと呟き始め自分の世界に入ってしまったようだ。声を掛けてもいいんだが、先程からいてナークを気絶させたところを見ていた連中の視線をひしひしと感じるため退散しよう。Bランクはベテランだからナークもそこそこ有名だろうし、それをEランクが倒したとバレると厄介だ。といって明日には知れ渡っているだろうが、今日はもう面倒は御免だ。
夕方に差し掛かり、ホール内の冒険者の数も増えつつある中を椅子を担いでそそくさと外に出る。
街をいろいろと見て回りたいところだが、まずは自分の寝床の確保だ。
ギルド周辺には宿・飯屋・飲み屋・雑貨屋が多く集まっている。角を曲がると食品を扱う店が多くなってきた。さらに進み住宅が多くなってきたころになって宿を見つけた。何気なく眼をやらなければ、ベッドが彫り込まれた小さな看板を見逃すところだった。聞いていた通りにこじんまりとした宿の名は『コビトの家』小人ではないらしい。
チリンチリーン
年季の入った味わい深い扉を開けると30席ほどのカウンターがついた食堂になっていた。早めの夕食をとっている冒険者風が2人いる。鈴の音を聞いた宿の女将さんであろうおばさんがやってきた。
「いらっしゃい! 食事?泊まり?」
「泊まりで。空いてます?」
「空いてるよ。1人部屋でいいね? 朝夜食事つき一泊50レル。お湯は5レル」
「二泊お湯付で頼みます」
「それじゃ110レルね。お湯は手拭いもつけとくからね。声かけてくれたら持ってくよ。夜は16時から22時までに、朝は5時から8時までに食べとくれよ」
話も早ければ口の回りも早い。出したお金を受け取るとすぐに鍵を取り出して部屋へ案内し始めた。
食堂奥の階段を上ってすぐの通りとは反対側の角部屋だ。8畳ほどの部屋にはベッド・机・椅子・ランプしかない。
「ランプは魔光式だからね。鍵は外に出るときは私か旦那に預けとくれ。ようこそ『コビットの家』に。私はシスカ。なにかあったら呼んどくれ」
「シラヌイです。お世話になります」
「じゃ、ごゆっくり。うちの椅子、邪魔だったら持ってくよ」
「いえ、大丈夫ですよ! 邪魔じゃないです!」
「そうかい。お腹減ったら下においで」
去り際の油断に付け込まれて妙に焦ってしまった。聞くならもっと早く……他の客もいたから配慮したのか? いや、食事に夢中でこっちは見てなかった。ま、いいか。これでやっと椅子の呪縛から解放される。長かった。
そういえば、小人でもコビトでもなくコビットだったみたいだな。古い看板だったし、消えてしまったのだろう。




