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昨夜遅くに雨が降ったせいか、今朝のシランはひんやりとしており、ここのところ一番の冷え込みだろう。行きかう人々の話題もほとんどが気温のことだ。ギルド近くに出た屋台の中でも、スープを出す店にはいつもより長い列ができている。個人的には寒いとは思わないが、そそられるものがある。資料室に持って入ったら怒られそうだから買わないが。
ギルドに向かう途中で、偶然にもロッカに出会ったので、そのままルヴィを預けてきた。そういえば、寒さのせいか、ロッカのせいかは知らないが、今朝はルヴィが俺の腕を抱き込むようにして寝ていた。
あれほどまでに安らいだ寝顔を見せられてしまうと……これは、自分の中で答えは出ているんだろうな。踏み切れずに理由をつけて考え込んで、そうすることで答えに霧をかけて……。
考えているうちにギルドホールに着いていた。
今日は最も寒暖の差が激しかったから、体調を崩す連中が多くて人が少ないかと思ったのだが、意外にもそんなことはなかった。ここの奴らは体調を崩すタイミングを間違えているんじゃないか? 受付嬢は相変わらず皆元気そうだし。
そのままに資料室に行こうと思ったが、カティさんの話があるかもしれないから、ミコちゃんに伝えてから行くことにした。こっちから行ってもいいんだが、それよりも魔術書やルヴィのことが重要だからな。
「おはよう、ミコちゃん」
「おはようございます…寒いです」
いつもの制服にカーディガンを一枚追加して着ている。猫だから寒がりなんだろうか。
「そうか? 大した差じゃないだろう」
「大差ですよ! 今まで体調崩したのを見たことない、あのカティさんが今日はお休みなんですよ!」
……支部長、本当に無茶してないだろうな? まぁ、体調不良で休んでいるわけじゃないだろう。
「そうなのか。ミコちゃんも気を付けろよ」
「ありがとうございます。シラヌイさんも気を付けてくださいよ。今日はルヴィちゃんがいないようですけど、依頼ですか?」
「あぁ、いや、今日は別行動でね。俺は資料室使おうと思って来ただけだ。で、一応それをミコちゃんに伝えておこうと思ってね」
「はぁ、そうですか」
何故わざわざそんな事を伝えたのだろう、この人は、といった表情だ。
「支部長かリスカに会ったら伝えといてくれる?」
「わかり、ました。また何かしたんですか?」
「いや、先日の件もあるし、一応だよ。それじゃ、よろしく」
ミコちゃんの中では完全に問題児扱いされているようだ。色々と説明不足なミコちゃんも問題児だと思うんだが。
資料室のドアを開けると相変わらず埃っぽい、独特の臭いがする空間が広がっていた。
ミコちゃんに掃除の提案するの、ずっと忘れてるな。床の埃を見ると、俺が使って以来は2~3人しか入っていないようだ。1人が3回ほど入ったのかもしれないが。しかし、こんな有様でいいのか? 資料室が活用されるような案でも考えてみるか。
例えば、登録したての冒険者は強制依頼として、街の周囲の魔獣・植物をレポートにまとめて提出とか。資料室を使うように決めておけば、利用者も増えるし、ルーキーが無知ゆえに死傷することが減るんじゃないだろうか。これも後で提案してみるかな。
さて、魔術書の集められた棚を見ると、いやでもお子様魔術書が眼に入ってくる。もう少し子供向けの装丁にしてくれれば間違えずに済んだんだが。
ざっと見ていると幾つか気になる本があったので、とりあえず取り出して机に並べてみた。全て大人向けの読本だ。同じ轍は踏まない。
『中級魔術書』『上級魔術集』『特異魔術・禁術について』の三冊だ。
最初の二冊は探していた中・上級魔術が系統別に載っているもので、三冊目は系統から外れるような特殊な魔術を集めたもののようだ。他にも使えそうな魔術書はあったが、一系統を特集したものだったり、魔法を使用した戦闘論だったりで、目的にはそぐわないものだった。
持ってきていた武具の手入れ用のボロで、椅子の埃を落として腰掛ける。
本当は持ち出して、下の酒場でコーヒーでも飲みながら読みたいんだが、少々うるさいのと絡まれると面倒なのもあって、泣く泣く資料室で勉強だ。
よく見ると、机にコーヒーをこぼしたような跡がついているから、持ち込み可能なのかもしれない。昼にでも確認するか。
まずは中級魔術からやっつけよう。




