054
「そろそろ戻ってご飯食べに行きませんか?」
へこんだ俺に対するルヴィの気遣いだろう。本当にお腹が減っているだけなのかもしれないが。
「んーそうだねー」
「いい酒場があるんだ。御馳走するぞ?」
「ほんと? やったー! あ、ナークも一緒でいいかな?」
「構わないさ。ナークの分は出さないけどな」
街に戻ってから、ナークを拾うために宿へと向かった。ギルドからは離れた場所にある、安寧の洞という宿は、その名に反して立派な宿だった。俺達の定宿の6倍ほどの大きさがあり、商人や役人、稼ぎのいい冒険者が多く利用するところらしい。エントランスで待っていたが、ソファーがコビットの家のベッドよりも柔らかい気がする。ここから覗ける食堂もなかなか立派なものだ。椅子だけは俺のより劣るけどな。
暫くすると、どうやら寝ていたらしいナークを伴ってロッカがやってきた。
寝起きは悪いらしく、眠たげな目をこすりながら黙って合流し、酒場へ向かう俺達の後をついてきている。その様子にルヴィが驚いてチラチラと何度も振り返っていた。
「寝起きはいつもああなのか?」
「ナークさんらしくないですよね」
「あはは。緊急時だと違うんだけど、普段はあんな感じだよー。かわいいでしょー」
まぁ、緊急時にあれでは困るが、面白い一面だな。筋肉ヒゲオヤジがぽけぽけしながら目をこすっていても微塵も可愛いとは思わない。ルヴィも返答に困った挙句の完全な苦笑いだ。しかし、寝起きのルヴィが眠そうにしている様子とは天地の差だな。だから早く覚醒してくれ。
「ここだ」
「お、ついたー! ん? なんてお店なの?」
「山盛りの店です」
「変わった名前なんだねー」
いや、ルヴィ、間違ってないが……いいのか。常連も適当に呼んでるし。
「それじゃ、入ろうか」
なんだかんだ連日通っている店のスイングドアを押し開け、指定席と化しつつある奥のテーブルへ向かう。相変わらず床板はギシギシと抗議の悲鳴を上げているが、ロッカが通る時だけはトーンダウンしていた。ルヴィがあまり気にしない娘でよかった。気付いてないだけかもしれないが。
「いらっしゃーい! あれ? 今日は4人なんだ」
「お? ほんとだなぁ」
「あれ、ナークじゃねぇか? スペイサイドってチームの」
「ルヴィちゃん! 今日もいっぱい食うのか? 頑張れよ!」
いつもの常連達だ。こいつら、いつ来てもいるんだよな。ちゃんと仕事してんのか?
「二人とも人気だねー。よく来るの?」
「最近は毎日来てるな。すみません! ビールと串山、あとサラダで」
「はいは~い!」
「結構雰囲気いい店だな」
お、やっと目が覚めたのか。対面に座って寝ぼけ顔でいつまでもいられるとキツイから、そろそろ手を出すかどうしようか考えてたところだ。
「急に呼び出して悪かったな。2人で食事の予定でもあったのか?」
「まぁな。気にすんな。それより、なんでロッカといたんだ?」
魔術を教えてもらっている話をすると、案の定ロッカが俺に対する愚痴を漏らし始めた。ビールが来るまでの間に5回も非常識と言われ、トドメとばかりに子供向け教本を読んでいたことをばらされた。
「お前は色々と凄いやつだな。いや、尊敬するぜ。お子様教本で纏雷や付与までできるとは」
同情半分、驚き半分って感じか。薬草もとれない可哀想なものを見る眼をされなくてよかったのは救いだ。
「お、お酒も来ましたし、乾杯しましょう!」
「……そうだな。ロッカ、明日からもよろしくな」
「うんうん、じゃ、かんぱーい!」
「「「乾杯!」」」
あぁ、今日のビールは心なしかいつもより苦い。サラダも青臭く感じるなぁ。
「お待たせー!」
注文してからあまり間をおかず、串山が運ばれてきた。大盛り三座の中では一番飽きにくいし、分け合いやすいんだよな。ロッカとナークは予想通り、その量の多さに唖然としている。ルヴィは見るまでもなく目を輝かせている。
「す、すげぇな。これが食べたくて俺達を誘ったのか?」
「ねー。こんなに食べきれるかなー?」
「いや、いつも一皿は食べるぞ? な、ルヴィ」
「はい。この串山の他にも肉山と揚げ山があるんですよ。どれも美味しくって、つい頼んでしまうんです。さすがに毎日3つとも頼んでしまうと食費がかかってしまうので、全部頼んだのは1回だけなんです。あっ、すみませんご主人様! 私はこんなに美味しいものが食べられるだけで幸せです! 別に、その、毎日食べたいわけではありません!」
食べたいんだろうな。分かるよ。もう少し稼ぎがよくなったら考えてやるからな。
さっきから2人が愕然としているが、そうか、あの時の祝勝会ではたいして食べてないから知らなかったか。全部頼めばよかったかな?
「二人とも、早く食べないと無くなるぞ?」
「そ、そんなに私ばっかり食べませんよ!」
「そうか?」
「そ、そうです!」




