047
「少し早いが、付けの払いとリベンジに行こうか」
「はい! 今日は邪魔も入らないでしょうし、行きましょう!」
昨日はとんだ邪魔が入ってしまったから、ルヴィも気合が入っている。これは過去最高の飲み代になりそうだな。オーヘンさんに付けがばれていないことを願おう。
木材と石材が組み合わされた古ぼけた店構えだ。店名が書かれた看板はなく、ジョッキをモチーフにしたマークが壁に描かれているだけだ。オーヘンさんもジョッキの店と呼んでいたから、本当に店の名前が無いのだろう。
両開きのスイングドアを押し開けて、堂々たる足取りで入る。敗者ではない。不本意ながら挑戦者としての再来店だ。店を出る時には王者として出ることになるだろう。
「いらっしゃ~い! あ、昨日の!」
「昨日は突然飛び出しちゃってすみません。今日は付けの払いと、食べ損ねた分を頂きに来ました」
「昨日と同じ物をお願いします!」
「あ、はい、わかりました」
看板娘さんはルヴィの気迫にやや困惑気味だが、昨日見ていたらしい常連は違った。
「昨日の姉ちゃんじゃないか! やめとけよ、もう呼び出されたりはしないぞー」
「そうだそうだ。無理すんなよ!」
「がんばれよー。二人で名物地獄盛り三種制覇したら奢ってやるぞー」
「がはは! そうだ、だから頑張れよー!」
言ったな? 顔は覚えたぞ。逃げ出しても見つけ出して必ず奢らせてやろう。逃げなかった奴には、帰る頃に酔いも一瞬で醒めるような伝票を壁に貼り付けさせてやろう。
ルヴィを見れば、グッと拳を握り締め、増々やる気に満ちている。確実に、勝ったな。
常連の野次を背に受け、まだ混んでいない店内を歩き、昨日と同じ席につく。
「おまち! ベーコンとビールだよ!」
全く同じ順で出してくるようだ。店員もわかってるじゃないか。
「さぁ、飲もうか」
「はい!」
「「乾杯!!」」
ビールで喉を潤しながらベーコンをつまむ。しっかり火が通された香ばしいベーコンの薫りと、旨味をたっぷりと含んだ脂が口の中で広がる。口の中が脂でくまなく覆われるが、それがビールと相性が抜群によく、つまみ、流し込む手が止まらない。
ドンッとガタつくテーブルにジョッキを置くと、ルヴィも飲み終えたらしい。
「おかわり!」
「お願いします!!」
「はいは~い!」
二杯目に口をつける頃にはベーコンの皿は空いていた。
「美味しいですね!」
「あぁ、美味い。今日は奢りだから気にせず注文していいぞ」
「はい! 皆さんご馳走してくださるなんて優しいですよね!」
「そ、そうだな」
これは……素で言ってるんだろうなぁ。まだ楽しそうに飲んでいる常連客達を見ていると少し可哀想に思えてきた。あ、さっき定食は食べたから、多少はマシか。よかったな、常連達。
「はやく来ませんかねー」
全然よくないかもしれない。この娘、厨房から目を離さない。俺もそうだが、あてもなしに酒ばかり飲むのは好きじゃないと言っていたから、今のルヴィはお預け状態だ。しかし、すっかり大食いを恥じらう事が無くなってきたな。
「おまちー! ステーキ山だよ!」
「あぁ、やっと……」
肉の山を前にかなり蕩けた顔をしていらっしゃる。本当に食事が好きな娘だな……あんまり観察していると俺の分が無くなりかねないな。
ミディアムに焼かれた肉を噛むと、溢れ出す肉汁と濃厚なソースが絡んでくる。酒が止まらない。肉も止まらない。
にこにこしているルヴィと2人して会話もせずに黙々と食べ、飲む。時々お替りを頼むだけだ。
「なかなか威勢がいいなぁ~」
「あんまり飛ばしすぎると持たないだろうに。若いのう」
「お、地獄に2人で挑戦してるのか。久しぶりに見たぜ!」
皿を見れば一切れしか残っていない。ルヴィはまだ口を動かしているが、黙って譲ることにした。こんなに幸せそうな顔を見せられるとな。