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ゴブリンコマンダーの動きは早く、ハンマーを振り回して相手をするのは危険と判断したルヴィは烏扇に持ち替える。柄を伸長させ先手を取るよりも同じ間合いで切り結ぶことを選択した。
ギャギャ!
真っ直ぐに放たれた突きを、横から刃を当て弾く。
それを予想していたゴブリンコマンダーは弾かれた勢いのままに体を回転させ、遠心力を乗せた横なぎを繰り出す。決して洗練された動きではないが、個体能力の高さと経験に裏打ちされたそれは、ルヴィにとって脅威となりうるものだった。
弾き、体制が崩れたところへの一撃を狙っていたルヴィは予想外の行動に回避を余儀なくされ、急なバックステップで自分が体制を崩す結果となってしまった。技量はあるものの、シラヌイとの模擬戦闘と低レベルの相手しか経験のないルヴィは、いままでのゴブリンとの戦闘でゴブリンコマンダーの実力を見誤っていた。
ギャ!
縦に横にと拙いながらも時折フェイントをいれながら斬撃を繰り返し、少しずつルヴィを押している。
が、彼が優位に立てたのはここまでだった。
「御主人様にあれほど相手の力を見誤るなと御忠告頂いていたのに……」
模擬戦闘とはいえ、真剣の片手剣を持った鬼のような強さのシラヌイを相手にしてきた彼女は、すでに落ち着いて剣筋を見切っていた。そこからは彼女の特質である膂力をフルに生かした攻撃でゴブリンコマンダーの剣を弾き、いなし、少しでも自らの経験を増やすために戦い始めた。
攻撃を弾き浅く斬り、いなし浅く斬り、躱し浅く斬る。
ギャ! ギャッ!
次第にゴブリンコマンダーの傷が増えていく。それでも自らが劣勢に立たされたのが分からずにいた彼は果敢に攻撃を続けていた。しかし、剣を振るう度に自分ばかりが傷を負っていくことにようやく疑問を、脅威を感じ一度ルヴィと距離をとった。
ギャ?
冷静になった彼が配下のゴブリン達を使うことを考えた時、肉を焦がす臭いと静かすぎる異様な雰囲気に気付いた。見渡すが配下の姿はどこにも見当たらず、大量の焼け焦げた緑色の骸が目に入るばかりであった。その意味を理解した瞬間、どんな時も感じたことのない感情に、絶望に支配された。
「貴重な経験を有難う御座いました」
シラヌイが全て片付け終えたことに気が付いたルヴィは感謝の言葉を発し、茫然とたたずんでいるゴブリンコマンダーに最後の一撃を放つために動き出した。身体強化をし地面を抉りながら駆け出すと、手にした烏扇を伸長させ渾身の一振りを見舞う。
傷つき、疲れ果て、絶望し、地獄の淵に立たされた彼はルヴィの接近に気付くが避けることは叶わず、防御のために剣を構えることしか出来ない。受けてはいけないと直感が警鐘を鳴らしているにもかかわらず。
ガッ キイィィーーーン
その一撃を受けた剣は刹那の抵抗の後、真中からへし折れ、戦いの終わりを告げるような甲高い破断音を窪地に響き渡らせた。しかし、断末魔の叫びは彼には許されなかった。
「終わりました。気付かぬうちに相手を侮り、驕っていたようです。以後、気を付けます」
「自分で気付けたならそれでいい。反省は帰ってからゆっくりとしよう」
「はい。御指導宜しくお願い致します」
「ともかく、ルヴィ、よくやった。期待以上の成長っぷりだな。明日からの鍛錬はもっとキツイ内容にしよう」
「ええ!? あ、いえ、ありがとうございます……」
「なんだ? やめとくか?」
「いえ! お願いします! ……お手柔らかに」
「……ふっ」
「っ!」
「はぁ……なんとなく、わかってはいました……」




