023
なんとかとりなして泣かれずには済んだ。
「俺はご主人様になった覚えがないんだけど?」
「私は今所有者のいない状態になっています。そうなった奴隷は1時間以内に新たな所有者と契約しなければ死んでしまいます。ですから、ご主人様です」
奴隷が主人を殺して逃げないようにするための措置か。正直言って一番いらないものを拾ってしまった。俺の国で奴隷制はないし、帰る時に考えることが1人と違って何倍にもなる。あとで商館に売るか、一人で生活できるように環境を整えて解放すればいいか。
「わかった。どうすれば契約できるんだ?」
「私の左手に魔力を流してください。それで契約は完了します」
「えらく簡単だな。勝手に契約されたりしないのか?」
「所有者の合意が必要です。私のように所有者がいない場合は、奴隷本人の合意が必要です。ですから勝手に契約されることはありません」
ルヴィが差し出してきた左手には刻印は見受けられない。所有者がいると刻印が浮かぶようになっているのか? 街で見た奴隷はみんな左手に刻印があったからな。
「魔力を流すぞ?」
「はい。お願い致します」
ルヴィの手に俺の右手を重ね魔力を流し込むと、鎖で出来た輪の中に黒い羽根が一枚描かれた刻印が浮かび上がってきた。
「ありがとうございます。今日この時よりご主人様の手足となり、精一杯仕えさせて頂きます。至らない点が多々あるかもしれませんが、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく。あんまり固くならないでくれよ」
奴隷印は所有者がいる限り常に表示されているもので、意図的に隠してはいけないもののようだ。また鎖の中の図は所有者ごとに違うものになっているそうで、以前は木の葉だったと言いながら嬉しそうに羽根の印を撫でている。
「ご主人様は冒険者ですよね?」
「そうだ。なりたてだけどな」
「それでしたら少しはお役にたてると思います! 私はDランク冒険者で、適性は無系統と風系統です。灰熊族なので力もかなり強いですよ!」
冒険者として戦ってくれるなら助かるな。ある程度まで鍛えてやれば独り立ちできるようになるし、久しぶりに人に教えるのも悪くない。
「灰熊族っていうのか。どれぐらい力が強いんだ?」
「身体強化なしで一般的な太さの木なら蹴り倒せます。私は灰熊族の中でも力が強い方なので、素手で殴り倒せます」
背が高いから力は強いほうだと思っていたが……確実に俺より力あるじゃないか。腕相撲なんてした日には一瞬で床にキスするはめになりそうだ。その後もルヴィから暴れる馬を捕まえて絞め落とした話や、くしゃみをした拍子にドアノブをひしゃげさせた話を聞いているうちにシランに着いた。勝手に話始めて勝手に落ち込んでいく様はなかなか面白かった。
「まずはギルドに報告に行こうか。ルヴィの証言も必要かもしれないし」
「はい。と言ってもあまり覚えていないんですよね……」
まだ夕方前でギルドホールは閑散としていた。飲んでる連中も今日はあまりいない。受付にはミコちゃんが丁度よく座っていた。
「あれ? シラヌイさんじゃないですか。お早いおかえりですね。あ、今朝は御迷惑をおかけしました」
「ただいま。新調した武器の慣らしをしてたんだけど、ちょっと事故があってね。支部長には会えないかな?」
「事故ですか? 後の彼女に関係してることですか? でも、内容がわからないとさすがに支部長には取り次げませんよ」
「隊商が襲われていて助けたんだが、結果生存者は彼女だけ。あとは俺がもう1度説教貰う必要がありそうって内容なんだけど、取り次いでくれない?」
もう1度説教と聞いた途端にミコちゃんの顔が青くなった。今度は取り次ぐだけだし、ちゃんと出て行けば大丈夫だろうに。
「あの、ご主人様は何を為さったのですか?」
「俺は直接は何もしてない。簡単に言えば自滅だよ」
「うっ……少々お待ちください。支部長に確認してきます」
そう言って駆け出して行った。




