012
ホールへと階段を降りていくと人影はまばらになっていた。
掲示板はランク毎に分かれていて、各依頼は下限ランクの場所に貼り出されている。そのためSランク以上の掲示板は面積が非常に少ない上に何も貼られていない。E~Cまでが依頼の大部分を占めているようだ。
他のランクを見ても意味が無いので、Eランクの掲示板を見てみると、『引っ越しの手伝い募集』『荷物運搬依頼』『迷子の馬を探して!』等々街中で完結する依頼が多く貼ってある。暇つぶしや小遣い稼ぎにはいいかもしれないが、あいにく潰すような暇もなければ金もない俺には全く向いていない。そう考える者も多いのか、かなり黄ばんで古そうな依頼書がちらほらと。
外に出られて且つ報酬もそこそこなのは『薬草採集・常時』『ホーンラビット討伐・常時』のふたつくらいだった。常時の表記があるものは依頼書を持って受付で登録する必要のないものだ。とは言え、薬草は形がわからないからミコちゃんに聴いてみよう。
「おはよう」
「おはようございます。シラヌイさん。依頼の受注ですね?」
特に表情を変えることもなくにこやかに応じてくれた。嫌われてはいないみたいだ。
「薬草採取とホーンラビットの常時依頼を受けたいんだけど、薬草の形が分からなくて教えてもらおうと思って」
「薬草の形ですねー。ちょっと待ってくださいね」
身をかがめてカウンターの内側を漁ると、一冊の本を取り出してきた。資料室でちらっと見た植物の図鑑のようで、パラパラとめくると慣れているのか直ぐに目当てのページを見つけ、こちらに差し出してきた。
「これが薬草で一番知られている擦過草です。根っこのあたりが赤くて、葉がギザギザしてますから分かりやすいですよ。似たようなものも少ないですし。下級治癒薬の原料ですね。あ、根っこも解熱薬になるので忘れずに採取してきてくださいね!」
「覚えておくのはこれだけでいいの?」
「はい。大丈夫です。常時の薬草採取依頼は擦過草を対象にしていますので」
「わかった。ありがとう。それじゃ、行ってくるよ」
「怪我しないように気をつけてくださいね! 森の深くには入っちゃダメですよ!」
「ちょっとミコ! 気を付けて、じゃないわよ! 武器も持ってない新人を簡単に森に行かせるつもり?」
「あ!」
隣にいた眼鏡かけた受付嬢にミコちゃんが怒られている。しかも「あ!」ってなんだよ。ナイフが腰にあったから気にしなかった訳じゃないのかよ。
「あなたもあなたよ! ホーンラビットといえど、新人が武器もなしに挑んだら死にますよ!」
俺もか。いや、むしろ俺か。
「いや、武器ならナイフを持っているから大丈夫ですよ」
「ちょっとしたナイフだけ持って調子にのった新人が大怪我して帰ってくることが多いんですよ!?」
攻撃にも採取にも使えるサイズのナイフを見せながら自信持って答えたところ、こちらを睨みながら即否定されてしまった。確かに昨日登録したばかりのルーキーだが、そんなに弱そうに見えるのか。自信なくすなぁ。もっと威圧感だしていったほうがいいのか? でもな、子供とか動物に嫌われるし、周りの目も嫌な感じになるからなぁ。いやそんなことよりも、俺のことを心配してくれるのは有り難いし、受付嬢として正しい事をしているのだが、俺の拘りのオリジナルナイフを“ちょっとした”呼ばわりされるのは非常に不愉快だ。
「わかりました。ホーンラビットの討伐はちゃんとした武器を手に入れてからにします。薬草の採取だけにして、魔獣がいることがわかったら逃げるようにしますし、森も草原にすぐ出られるところまでしか入らないようにします。これなら大丈夫ですよね?」
まあ、帰ってきたときにこの人以外の受付を使えばうるさく言われることもないし、後でばれる分には何も問題ない。それに、今はさっさと森に行くことが重要だ。外では角が生えた金になるウサギが俺を待っているからな。すぐに会いに行くからな。
「絶対に魔獣と戦おうなんて思わないで、すぐに逃げるのよ? いいですね?」
「はい。すぐ逃げますよ」
無鉄砲なルーキーを説得してやりきった顔をしている。この眼鏡ちゃんは面倒臭そうだから今後はなるべく避けよう。
一刻も早く狩り始めたいのに余計な時間をくってしまった。