序章
どうぞ、お召し上がりください。
悲痛な覚悟をその顔に浮かべて、いったい何人の雛がひざまづいたことだろう。
禊で濡れた白い着物と袴を、ぴったりと体に張りつかせ、がくがくと身を震わせながら。
どの雛であっても、怯える顔は美しい。いっそもっと壊してやりたいと思うほどに。
魂魄の魂は極上の美味。
魄さえ食べ残してやれば、雛の体は朽ちることはない。そう、体は残る。
暮れなずむ空は茜から藍色へと深くなっていく。
さぁ、久しぶりのごちそうをいただこう。
四方に張られた注連縄が風に揺れ、等間隔に下げられた紙垂があおられる。
そして恐怖にこわばらせる雛にくちづけて、甘美な魂を吸いとるのだ。
それが当たり前だった。
千年前も、これから千年後も変わらぬと信じていた。
「まさか、あんなものを食べさせられるなんてねー。胃もたれもはなはだしいよ」
泉のほとりにある岩に腰かけて、神使はため息をついた。
思い出すのは今から百年前のこと。
清らかな魂しか食べぬ身なのに、悪食を強いられて。それ以来、胃のむかつきや腹部膨満感やら、胸やけなどに悩まされている。やれやれだ。
雛の望みを叶えるのも大概にしないといけないと、身をもって知った。
「神使さま。竹葉酒をお持ちいたしました。それにセンブリとオウバクも健胃に効くそうですから、用意させていただきました」
「そりゃどうも。そこに置いといてー」
にっこりと微笑んで指示を出すと、緋色の袴をはいた巫は盆を近くに置いた。恭しく頭を下げて、すぐに立ち去る。
神使は白い碗を手に取ると、その香りをかいだ。
竹の爽やかなにおいと澄んだ緑の酒だ。
「今の巫はえらいねー。毎年、竹葉酒を仕込んでくれるんだから」
碗を傾けると、一滴残らず酒を捨てていく。
「仕事熱心。感心、感心」
次に薬包を開き、中身を泉にさらさらとこぼしていく。
これはセンブリ、苦くて飲めたものじゃない。
こっちは黄色いからオウバク。これも苦い。
こんこんと湧く泉は、粉の薬が混じった水を外へと溢れさせる。
「ほーんと、君はいつまでも僕を困らせてくれるよね」
空になった薬包を丸めて盆の上に放り投げる。
神使は目を細めると、胃があるとおぼしき辺りを手でさすった。




