広樹の苦しみ
その日佐藤広樹は家で受験生として勉強をする予定だった。高3にもかかわらず部活は夏の大会が終わるまで続くため、普段出来ない勉強をしてしまおうという考えだったのだ。その予定が崩れたのは、部活が休みだからといつもより早く帰宅し、部屋に行こうとした時だった。
家で働いていたお手伝いさんたちが忙しそうに働きながら話していた。
「今日、親戚の方々がいらっしゃるそうよ。」
「まあ、本当に?じゃあ準備が大変ね。」
「それにしても私あの人たち嫌いだわ。だって奥様と広樹さんがあんまりに可哀想で見てられないわ。」
「それは仕方ないわよ。だってあの二人は…」
そこまで聞いて広樹は入ってきたばかりの玄関から出ていった。その先を聞きたくなかったのだ。幸いなことにまだ誰にも帰宅したこと気付かれてないため、不審に思う者もいないだろう。今日は部活があったことにして、親戚が帰る時間までいつもの公園でバスケでもして居ようそう思った。
佐藤広樹はアメリカでも活躍する有名なバスケットプレイヤー佐藤光輝の息子だった。しかし、血の繋がりはなかった。広樹は母親の連れ子だったから。
だから、自分と母親の存在が親戚に軽くみられているのは仕方ないことだった。
けれど、それだけではなかった。もともと佐藤家というのは古くからの名家で、ここら一帯でも大きな影響力を持つ家だった。父親はそこから少し離れた分家の人間だったが、本家のおばば様に可愛がられていて、更にバスケの才能で光を浴びてからはいろんな人間が集まるようになっていた。
だから、親戚たちにとって大事なのは父親とその血をひく妹早紀子だけなのだ。
(それならば僕のことは放っておいてほしい。)
その願いがかなうことはなかった。なぜなら、世間からみたら広樹は血の繋がりなど関係無しに佐藤光輝の息子でしかないからだ。
それに加え、広樹には父親ほどではなくとも少なからずバスケの才能があった。ただし、決して父親のような天才ではなく秀才どまりの才能が。
父親の名前に多少のバスケの才能。これによって周りは広樹のバスケに期待し、その中に父親の姿を探す。
それに応えようと努力で届く限り、父親を意識したプレイをするようになった。けれど、それでも時々自分らしいバスケがしたくなるときがある。そんな時は、人があまり来ない公園でおもいっきり自分のしたいバスケをしていた。
今日もずっとその公園でバスケをしていると、いつの間にかこちらを見ている一人の女の子がいた。
その女の子の表情にはいろんなものが混ざっていた。
強い怖れ、嫌悪そしてそれを上回る羨望。
だから、思った。
(嗚呼、彼女も自由にバスケが出来ない人間だ。)
そう思ったらいつの間にか彼女に声をかけていた。