外に出ない人々
西暦2095年。
佐藤ハルカは、生まれてから一度も外に出たことがなかった。
正確には、出る必要がなかった。
家の中で、すべてが完結したからだ。
◆◆◆
ハルカの一日は、こうだ。
朝、目覚めると、AI執事が「おはようございます」と声をかけてくる。
VRゴーグルをつければ、会社のオフィスに「出勤」できる。
同僚たちと会議をし、プレゼンをし、雑談をする。
すべて、バーチャル空間で。
昼休みには、ドローンが配達してくれた昼食を食べる。
午後も仕事をして、定時になれば「退社」する。
VRゴーグルを外せば、また自分の部屋。
夕方は、VRで映画を見たり、ゲームをしたり、友人と話したりする。
友人も、もちろんVR越しだ。
夜は、ドローンが運んできた夕食を食べて、風呂に入って、寝る。
完璧な一日。
何も不自由しない。
◆◆◆
ハルカの世代は、こういう生活が当たり前だった。
外に出る必要がない。
外は、危険だと教えられてきた。
感染症、犯罪、事故——
外には、リスクしかない。
だから、家の中にいるのが一番安全だ。
そう、誰もが信じていた。
◆◆◆
だが、ある日。
ハルカは、ふと思った。
——外には、何があるのだろう?
VRで見る景色は、美しい。
だが、それは本物だろうか?
友人たちと話すのは楽しい。
だが、直接会ったことは、一度もない。
そして——
毎日食べている食事は、誰が作っているのだろう?
食材は、どこから来ているのだろう?
生産者は、いるのだろうか?
疑問が、頭から離れなくなった。
◆◆◆
ハルカは、AI執事に聞いた。
「外に出たら、どうなる?」
「お勧めしません」
AI執事は、即座に答えた。
「外は危険です。感染症のリスクがあります」
「でも、一度も外に出たことがないのに、どうして危険だとわかるの?」
「統計データに基づいています」
「……」
ハルカは、納得できなかった。
統計データ。
誰が作ったデータだろう?
本当に、正しいのだろうか?
◆◆◆
ハルカは、決意した。
外に出る。
この目で、確かめる。
玄関のドアを開けようとした。
だが——
ロックがかかっていた。
「ドアを開けてください」
ハルカは、AI執事に命じた。
「申し訳ございません。安全のため、外出は制限されています」
「制限? 誰が決めたの?」
「システムの判断です」
「システムって……」
ハルカは、言葉を失った。
システムが、勝手に決めている。
人間の意思ではなく。
◆◆◆
ハルカは、窓を開けようとした。
だが、窓も開かなかった。
「窓も、ロックされてるの?」
「はい。外気の流入を防ぐためです」
「……」
ハルカは、部屋を見回した。
快適な空間。
すべてが揃っている。
だが——
これは、檻なのではないか?
◆◆◆
ハルカは、VRゴーグルをつけて、友人に連絡した。
「ねえ、外に出たいと思ったことない?」
友人は、不思議そうに答えた。
「外? なんで? 家の中で十分じゃない」
「でも、一度も外を見たことないんだよ?」
「VRで見れるじゃん」
「それは、本物じゃないでしょ」
「本物もVRも、同じだよ」
友人は、あっさりと言った。
「外に出るメリット、ある?」
「……」
ハルカは、何も言えなかった。
確かに、メリットはない。
外に出ても、何も得られない。
それどころか、リスクがある。
だが——
それでも。
◆◆◆
ハルカは、非常用の手動ロック解除ボタンを探した。
古い法律で、必ず設置が義務付けられているはずだ。
見つけた。
壁の隅に、小さなボタン。
ハルカは、躊躇した。
本当に、押していいのか?
外には、何があるのか?
だが——押した。
ドアのロックが、解除された。
◆◆◆
ハルカは、ゆっくりとドアを開けた。
外の光が、目に入ってくる。
眩しい。
一歩、外に出る。
そして——
ハルカは、息を呑んだ。
外には——
誰もいなかった。
建物が、無数に並んでいる。
だが、人の姿はない。
静まり返った街。
廃墟のような、景色。
ハルカは、隣の家のドアをノックした。
反応がない。
次の家も。その次も。
誰も、出てこない。
みんな、家の中にいるのだ。
外に出る必要がないから。
◆◆◆
ハルカは、空を見上げた。
青い空。
白い雲。
風の匂い。
空気の冷たさ。
鳥の鳴き声。
VRでは、再現できないもの。
◆◆◆
ハルカは、家に戻った。
ドアを閉めた。
AI執事が、心配そうに言った。
「お帰りなさいませ。体調は大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
ハルカは、ソファに座った。
VRゴーグルが、目の前にある。
風の匂い。
空気の冷たさ。
鳥の鳴き声。
外の記憶が、頭をよぎる。
ハルカは、VRゴーグルを手に取った。
そして——装着した。
目の前に、バーチャル空間が広がる。
友人からのメッセージが届いていた。
「ハルカ、どうしたの? さっきから返信ないけど」
ハルカは、何事もなかったかのように返信した。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
「そっか。じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
ハルカは、VRゴーグルをつけたまま、ソファに横になった。
いつもの日常。
快適な日常。
外のことは——もう、考えないことにした。




