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第3話

「みなさーん、こんみー! ダンジョンアイドルのみーちゃんだよー!」


 新宿ダンジョン、Fランクエリア『始まりの洞窟』入り口。

 浮遊型ドローンカメラのレンズに向かって、アイドル級の笑顔を振りまく少女がいた。

 

 人気ダンジョン配信者、みーちゃん。

 パステルピンクを基調とした最新素材の魔導ウェアに身を包み、手には先端がダイヤモンドのように輝く、有名ブランド製の高価な杖が握られている。

 全身から漂うのは、「現代の成功者」のオーラだ。


「今日はね、特別ゲストとのコラボ配信だよ! 私の高校のお友達、リナちゃんでーす!」


 みーちゃんが華麗な手つきで隣を示す。

 ドローンカメラが移動し、そこに映ったのは――。


「……あ、えっと、こ、こんにちは。リナです……」


 ガチガチに緊張した、奇妙な格好の女子高生だった。

 制服のブレザーの上から、煤けた鉄の塊のような『胸当て』を無理やり装着している。

 腰には量販店で売れ残っていそうな安っぽいワンド。

 そして黒髪には、時代錯誤なほど古風な、しかし異様な存在感を放つ簪が一本。


 最新ファッションのみーちゃんと、戦場帰りのようなリナ。

 その対比は、残酷なほど鮮明だった。


 空中にホログラムとして表示されたコメント欄が、猛烈な勢いで流れ始めた。


『うわ、なんだその装備www』

 

『左の子、博物館から来たの?』


『みーちゃん今日も可愛い! ってか隣の子の服、古くね?』

 

『胸当てwww いつの時代の防具だよwww』

 

『装備ケチりすぎ乙』

 

『地味、でもちょっとかわいいかも』


 辛辣な言葉のナイフが、容赦なくリナの心を抉っていく。

 リナの顔がカッと熱くなった。

 

 恥ずかしい。

 穴があったら入りたい。

 いっそダンジョンの落とし穴でもいいから落ちてしまいたい。


(やっぱり、叔父さんの言った通りだ……こんなの笑いものだよ……)


 リナは俯きかけ、無意識に胸元の鉄板を握りしめた。

 ひんやりとした鉄の感触。

 その冷たさが、ふと、湊の気怠げな声を思い出させた。


『配信映えを気にする前に、まずは死なないことだ』


(……そうだよ。私は遊びに来たんじゃない。探索をしに来たんだ)


 リナは深呼吸をして、顔を上げた。

 笑われたっていい。

 生きて帰れば勝ちだ。

 そう自分に言い聞かせ、引きつりながらも精一杯の笑顔をカメラに向けた。


「え、えっと、今日は初心者なりに頑張ります! よろしくお願いします!」


『声ちっさwww』

 

『まあ頑張れよ』

 

『逆にこの和風レトロコーデ、一周回ってアリかも?』


 わずかに好意的なコメントも混じり始めたが、依然として空気はアウェイだった。

 みーちゃんが慣れた様子でフォローに入る。


「リナちゃんは渋い装備が好きなんだよね! 個性的でいいと思うな! それじゃあ早速、レッツ・ダンジョン!」


 


 一行は洞窟の浅層階へと足を踏み入れた。

 ひんやりとした空気が肌を撫でる。

 少し進むと、暗がりから緑色の小柄な影が飛び出した。

 

 ゴブリンだ。


「きゃっ! 出たわね! えーいっ!」


 みーちゃんが可愛らしい掛け声とともに、高価そうな杖を振るう。

 

「スパークル・アロー!」


 詠唱とともに、杖の先端からキラキラと輝く光の矢が三本放たれた。

 矢は美しい軌跡を描いてゴブリンに直撃し、パンッ! という派手な破裂音とともに、魔物を光の粒子へと変えた。


『おおー! ナイス魔術!』

 

『綺麗すぎ!』

 

『さすが第五世代魔導杖、鮮やか!』

 

『みーちゃん最強!』


 画面越しの称賛。

 みーちゃんはカメラに向かってピースサインを作る。


「はいっ! 現代魔術なら、汚れずに倒せるから楽ちんだよねっ!」


 一方、リナの前に現れたのは、動きの鈍いスライムだった。


「……えっと、ファイア!」


 リナが安物の杖を振る。

 

 ボッ。

 先端から生まれたのは、ライターの火を少し大きくした程度の、頼りない火球だった。

 それがポヨンとスライムに当たり、じゅわっと小さな音を立てて燃やす。

 スライムが消滅するまでに、十秒ほどかかってしまった。


『地味www』

 

『火力低っ! まあ安物の杖だしな』

 

『みーちゃんの引き立て役としては優秀だなw』


 コメント欄は正直だ。

 華やかな魔法と、泥臭い魔法。

 その差は歴然としていた。


 


 探索開始から一時間が経過した頃。

 リナは、ある違和感に気づき始めていた。


(……あれ?)


 普通なら、重い防具を着て一時間も歩けば、肩が凝り、足が棒のようになるはずだ。

 けれど、体は羽が生えたように軽い。

 あの鉄塊のような胸当てが、まるで自分の体の一部になったかのように馴染んでいる。


 それだけではない。

 初めてのダンジョン配信。

 本来なら緊張と恐怖で足が震えてもおかしくない状況なのに、頭の中が妙にクリアだった。

 暗闇への恐怖が湧き上がろうとするたび、髪に挿した簪から、じんわりとした「温もり」が伝わってきて、心を凪にしてくれるような感覚があるのだ。


(叔父さんの言った『慣れ』って、こういうことなのかな?)


 リナは歩きながら、そっと簪に触れた。

 指先に吸い付くような、不思議な質感。


(安物の杖だからこそ、体が変に緊張しないで済んでるのかも。……叔父さん、やっぱりすごいのかも)


 彼女は湊の言葉を、あくまで「精神論」や「アドバイス」として解釈していた。

 実際には、胸当てに刻まれた『重量軽減・身体強化』の術式と、簪に込められた『精神安定・守護結界』の自動発動による恩恵だとは露知らず。


 彼女はただ、埃っぽいガラクタだと思っていた装備に、得体の知れない頼もしさを感じ始めていた。


『そろそろ中層への階段かな?』

 

『今日は平和回だねー』

 

『みーちゃんのトーク面白いw』


 配信は順調に進み、同時接続数も増えていた。

 みーちゃんは上機嫌でドローンカメラに話しかけている。


「ここら辺はもうマッピング済みだから安心だね! この先にある広場で、お弁当タイムにしよっか!」


 みーちゃんが角を曲がろうとした、その時だ。


 ブツッ、ザザッ。


 一瞬、配信の映像にノイズが走った。

 同時に、リナの耳の奥で、キーンという不快な耳鳴りが響く。


「……っ!」


 リナは思わず足を止めた。

 背筋が凍るような、湿った気配。

 それは前方ではなく、今しがた通り過ぎてきたはずの背後の通路から漂ってきた。


「ねえ、みーちゃん。……なんか、変じゃない?」


 リナの声に、みーちゃんが振り返る。

 彼女は左目のコンタクト型魔導スカウターを軽く叩いた。


「えー? 変ってなにが? 反応はゼロだよ? 魔力センサーも正常だし、リナちゃんの気のせいじゃない?」

 

「でも……なんか、空気が重いっていうか……」

 

「やだなあ、ビビりすぎだよリナちゃん! ここは初心者エリアだってば!」


 みーちゃんは笑い飛ばした。

 彼女の装備する最新鋭のセンサーは、空間中の「魔素」の揺らぎを感知するシステムだ。

 だが、今そこに発生している歪みは、西洋由来の魔術体系で定義される「魔素」によるものではなかった。


 それは、もっと古く、どす黒い。

 「怨念」や「穢れ」と呼ばれる、陰陽道の領域にある力。

 

 チリリ……。


 リナの髪に挿された簪についた小さな鈴が、風もないのに微かに鳴った。

 震えている。

 簪が、怯えているかのように。

 いや、主に危機を知らせるかのように。


『おい、画面ノイズすごくね?』

 

『なんか後ろ暗くない?』

 

『あそこの通路、あんな形だったっけ?』


 コメント欄の視聴者たちが、異変に気づき始めた。


「……来る」


 リナが呟いた直後だった。

 背後の空間が、ガラスが割れるようにバキリと音を立てて砕け散った。


「え?」


 みーちゃんが振り返る。

 そこに立っていたのは、ゴブリンでもスライムでもなかった。

 身長は二メートルを優に超えている。

 筋肉が異常に膨れ上がり、皮膚は赤黒く変色している。

 頭部には捻じれた一本の角。


 そして何より恐ろしいのは、その手に握られた巨大な棍棒だ。


 浅層階には絶対に存在しないはずの怪物。

 ダンジョンのバグ。

 あるいは突然変異。

 現代の分類で言うところの『変異種、イレギュラー』。

 古の分類で言うところの――『鬼』。


「グオオオオオオオオオッッ!!!」


 鼓膜を破らんばかりの咆哮が、狭い通路を揺るがした。

 殺気が物理的な風圧となって、少女たちを襲う。


「きゃあああああっ!?」


 みーちゃんが腰を抜かして座り込んだ。

 スカウターが『ERROR』の赤い文字を点滅させ続けている。

 

 想定外。

 規格外。

 

 マニュアル通りの魔術しか学んでいない彼女にとって、それは「死」そのものだった。


『うわああああああ!』

 

『なんだあれ!? ボス!?』

 

『逃げろ!!』

 

『配信切って逃げろおおおおお!』


 コメント欄がパニックで埋め尽くされる。

 だが、逃げられない。

 

 鬼はすでに、棍棒を振り上げていた。

 標的は、派手な服を着て座り込んでいるみーちゃん。


「みーちゃん!!」


 リナは動いた。

 思考するよりも先に、体が勝手に前に出ていた。

 安物の杖を構えるが、こんなものであの巨体を止められるわけがないことは、誰よりも自分が分かっている。


(死ぬ)


 そう確信した瞬間。


 カッッッ!!!


 リナの髪で、簪の先端にある珊瑚玉が、血のような真紅の光を放った。

 

 かつて最強の陰陽師が、「姪っ子への保険」として込めた理不尽なまでの守護の力が、今まさに、その封印を解こうとしていた。

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